シュンラン

旬のもの 2023.02.23

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

2月も下旬となり、日ごとに春の気配が色濃くなってきました。日本には75属230種のラン科の植物が生育していますが、その中で最も早く花をつけ、春の訪れを知らせてくれるのがシュンラン(春蘭)です。

ランの仲間は、世界では1万5000種もあります。園芸の世界では、中国や日本で古くから珍重されてきた東洋ランと、カトレヤやコチョウランなど熱帯アジアや南米原産で、欧米を経由して日本に入ってきた華やかな西洋ラン(洋ラン)とに大別されます。

東洋ランの代表的な存在

シュンランはラン科シンビジウム属の常緑多年草で、東洋ランの代表的な存在です。中国のほか、日本、朝鮮半島、台湾に自生しています。早春に咲くので中国で「春蘭」と名付けられ、日本全国の半日陰の低山地帯に自生している近縁種の和名にもなりました。

姿が高潔で気品があるとして、中国ではウメ、タケ、キクと共に「四君子」として愛され、文人画の画題として好まれました。1本の花茎に1個の花がつくことから、「一茎一花(いっけいいっか)」という別名もあります。「中国春蘭」には芳香がありますが、「日本春蘭」「韓国春蘭」は香りが控えめです。

東洋ランと洋ランの区分は多分に便宜的なもので、同じシンビジウム属でもシュンランやカンラン(寒蘭)が東洋ランに分類されるのに対して、カラフルな花を多数つけるシンビジウムの種は洋ランに入れられることが多いようです。

春蘭や 雨をふくみて うすみどり――杉田久女

シュンランの花の清楚な美しさをみごとに詠った杉田久女(すぎた・ひさじょ/1890-1946年)の俳句です。

シュンランの葉はやや硬質の線形で、幅1㎝、長さ20~30㎝。3~4月、肉質で白い長さ10~25㎝の花茎を伸ばし、その頂に1個ずつ、径6~7㎝ほどの花をつけます。花は3個の萼片(がくへん)先と、3個の花弁が組み合わさり、花弁のうち1枚は唇のように前に突き出し、唇弁(しんべん)と呼ばれます。

こうした花の構造は、ほぼすべてのランに共通しています。萼片は黄緑、薄緑色で、花弁は白っぽく、唇弁には薄紫色の斑(ふ)が浮いていることがあります。
また、ランには土壌に根を張る地生ランと、樹木や石に付着する着生ランとがありますが、シュンランは地生ランの代表格。ただし、養分や水分を蓄えるため着生ランの多くにあるのと同様の、バルブと呼ばれる偽球根を多数持っています。

掘りきたる 春蘭花を そむきあひ ――星野立子

シュンランは古くから山里では、単に観賞するだけではなく、有用な植物として親しまれてきました。花は、塩漬けにして保存し、熱湯で戻して「ラン茶」として香りを楽しめます。ヤエザクラの花びらでつくるサクラ茶と同様、結婚式などのおめでたい席に出されます。また食用ともなり、三杯酢や汁の実、天ぷらなどにも合うといいます。

乾燥させた根は粉末にして、ハンドクリームに混ぜると、ひびやあかぎれの特効薬になります。星野立子(ほしの・たつこ/1903-1984)の句は、根ごと掘り取られたシュンランの花が並べられた懐かしい情景を詠んでいます。立子は、俳句の巨匠、高浜虚子の次女です。

花言葉は「飾らない心」「控えめな美」「気品」「清純」

シュンランの花言葉は「飾らない心」「控えめな美」「気品」「清純」です。雑木林の中でひっそりと春を待つ姿からつけられました。

ところでシュンランには「ジジババ」「ホクロ」など多くの地域名があります。「ジジババ」は、花の上の部分がおばあさんの頬かむり、下の部分がおじいさんのひげに見えること、そして「ホクロ」は花の唇弁に見られる紫色の斑点に由来します。

素朴な美しさを愛されてきたシュンランですが、人為的な品種改良が難しいため、変わり種の個体が見つかると、途方もない値段で取引されました。大正時代以降、何度も「春蘭ブーム」が起き、現在では、乱獲で絶滅が懸念されている産地もあるといいます。

春蘭に くちづけ去りぬ 人居ぬま――杉田久女

ちなみに先に紹介した杉田久女は高浜虚子の弟子で、虚子に激しい愛憎を抱いた末に破門されています。久女には春蘭を詠んだ句がもう一つあります。どのような思いを込めた句なのでしょうか。

シュンラン

ラン科シンビジュウム属の常緑性多年草
中国シュンラン、日本シュンラン、韓国シュンランなど近縁種が東アジアに分布。
学名はCymbidium goeringii 属名「ギンビディウム」はギリシャ語で「舟形の」の意。種小名は人名。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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