ハハコグサ

旬のもの 2023.03.04

この記事を
シェアする
  • twitter
  • facebook
  • B!
  • LINE

こんにちは。俳人の森乃おとです。

3月に入り、道端や野にある植物も、それぞれ花を咲かせる季節となりました。ひとまとめに「雑草」と呼ばれがちな草花ですが、古くから私たちの生活に溶け込み、役立ってきたものが多くあります。ハハコグサ(母子草)もその一つで、綿毛に包まれた小さな黄色い花と出合うと、春が来た喜びをしみじみと噛みしめたりもするのです。

母子草 やさしき名なり 莟(つぼみ)もち――山口青邨(やまぐち・せいそん/1892~1988)

ハハコグサは、キク科ハハコグサ属の越年草で、中国、日本、朝鮮からインドまでアジアに広く自生します。葉も茎も花も、白い毛で覆われていて、いかにも柔らかい雰囲気があります。花期は3~6月。15~40㎝ほどの高さまで茎を伸ばし、その頂きにフェルト細工のような可愛らしい薄黄色の花の塊をつけます。

俳人・山口青邨の句にあるように、「母子草」という和名は、そのあたたかい印象にとてもよく似合います。名前の由来は諸説ありますが、全身フェルトのような毛に包まれて黄色い粒のような花を咲かせる姿が、母が子をやさしく抱くように見えるためともいわれます。
ほか、種子にも冠毛がついて「ほほける(毛羽立つ)」ので、「ほうける草」から「ホウコグサ」に転訛し、「母子草」はその当て字だという説もあります。

花のさと 心も知らず 春の野に いろいろつめる ははこもちひ(母子餅)ぞ
――『和泉式部集より』

ハハコグサは春の七草の一つとして知られ、「ゴギョウ(御形/五行)」とも呼ばれます。旧暦3月3日の上巳(じょうし/じょうみ)の節句に、草や紙で人形(ひとがた)を作り、川に流して穢れを払ったことに由来するともいわれます。

またこの日には、ハハコグサを混ぜてつくった草餅=「母子餅」を食べる習慣がありました。草の香りには邪気を払う力があると信じられていたためです。
「花のさと―」の一首は、平安時代中期、紫式部や清少納言と同時代に生きた女流歌人・和泉式部(いずみしきぶ)の和歌です。歌意は、「花の咲く里の情趣も知らずに 春の野に出て、あれこれ苦労して摘んだ母子草で作った草餅です」。

前書きには「石蔵より野老(ところ)おこせたる手筥 (てばこ)にくさもち (草餅)入れて奉る」とあります。幼くして別れた息子から、野老(=山芋の一種)の入った手箱が贈られてきたので、母である式部はハハコグサで草餅をこしらえ、その手箱に詰めて返したのでしょう。奔放な恋多き歌人として知られる式部の、優しく切ない母心が伝わってくるようです。

草餅の材料がヨモギに代わったのは江戸中期

古くより草餅の材料に使われていたハハコグサが、同じキク科のヨモギと入れ代ったのは、江戸時代中期から明治時代にかけてのことです。
江戸時代の大植物学者・小野蘭山が『本草綱目啓蒙』(1803年)で、「三月三日の草餅はこの草(母子草)で作ったものであったが、近ごろは蓬(ヨモギ)で作った方が、緑が濃くて喜ばれるようになった」と書いています。ハハコグサに比べて香りが強く、大量に採取できることも、ヨモギに代わった理由だったようです。

庶民的で生活感ある句を多く詠んだ俳人小林一茶には、「おらが世や そこらの草も 餅になる」という有名な句があります。
江戸で俳諧師生活を送っていた一茶は、50歳を過ぎて雪深い故郷の北信濃に戻り、1815年ごろにこの句を作りました。草餅にヨモギが使われる時代になり、そこら辺にいくらでも生えているヨモギを草餅にして食べられるという喜びを、素直に表現したのかもしれません。

花言葉は「いつも想う」「無償の愛」「忘れない」

ハハコグサの花言葉は「いつも想う」「無償の愛」「忘れない」。いずれも母親のわが子に対する強い愛情にあふれた、あたたかい花言葉です。ハハコグサは食用ほか「鼠麹草(そきくそう)」という咳止めなどに利用される生薬にもなります。花言葉には、ハハコグサを暮らしの中で大切にしてきた人々の思いが込められているようです。

ところで、ハハコグサと同じ属で、よく似た花にチチコグサ(父子草)があります。ただし、生育場所が芝地の中などに限られ、綿毛も少なく、花の色が褐色で地味なため、あまり注目されることはありません。

俳人の高野素十(たかの・すじゅう/1893~1978)には「父子草 母子草 その話せん」という句があります。「父」は「母」の影で、どうしても存在が薄くなりがちではありますが、こうして並べて配されると、何か人間の営みの偉大さに触れるような思いすらします。

ハハコグサ(母子草)

別名 ホウコグサ、オギョウ、ゴギョウ、モチクサ
学名Gnaphalium affine
キク科ハハコグサ属の越年草。春の七草の一つ。中国、日本、朝鮮、インドなどアジアに広く自生。花期は3~6月。茎の先に小さな黄色い頭状花の集まりをつける。全草が綿毛で包まれ、白っぽく見える。江戸時代中期まで草餅の材料として使われた。咳止めの薬にもなる。

この記事をシェアする
  • twitter
  • facebook
  • B!
  • LINE

森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

関連する記事

カテゴリ