こんにちは。俳人の森乃おとです。
3月が過ぎる頃になると、いよいよジャスミンの季節がはじまります。4月から5月にかけて、最初に咲くのは、清らかな花をほんのりと薄紅色に染め、強い芳香を放つハゴロモジャスミンです。そして夏から秋にかけて、純白のマツリカなど、数多くのジャスミンの仲間が、次々と香り高く咲き誇ります。

クレオパトラに愛された花
ジャスミンはモクセイ科ソケイ属(ジャスミン属)の、半蔓(つる)性常緑低木の総称です。原産地はインドからアラビアにかけての熱帯・亜熱帯アジア。香りが良いので、古代から愛や官能の妙薬として珍重されてきました。エジプト女王クレオパトラは媚薬として愛用。世界最古の医術をまとめたインドの「アーユルヴェーダ」でも、ジャスミンの花を浸した香油の効能が説かれ、インドの愛の女神カーマは、相手のハートを射止めるために、ジャスミンの香油を矢に塗ったとされます。
属名の「ソケイ(素馨)」は、10世紀の中国の美女の名前に由来。ジャスミンの名は、ペルシャ語で「神の贈りもの」を意味する「ヤースミン」に由来するとされます。

高価な「夜の女王」--ハゴロモジャスミン
ジャスミンの仲間は、世界に約300種ほど存在するといわれます。このうち最も香りに優れ、香水や香油の材料とされるのが、園芸植物としても人気が高いハゴロモジャスミンです。その香気成分の一部はまだ人工的に合成できないため、高級品を作るには、天然材料に頼らざるを得ません。1㎏のエキスを採取するのに700㎏の花びらが必要になるそうです。
ヨーロッパに伝わったのは、1453年に東ローマ帝国がオスマン・トルコに征服されてから。16世紀中頃には南フランスのグラースで大規模栽培が始まり、「香水の首都」と呼ばれました。現在はエジプトで世界の産出量の半分以上が栽培されています。
ジャスミンの香りは真夜中に最も強くなるため、「夜の女王」と呼ばれ、花の収穫は深夜12時から明け方まで、手摘みで行われます。

ハゴロモジャスミンは、樹高2mほどで蔓性。花径は2㎝ほどですが、枝先に30~40個の花を密集してつけるので、かなり見栄えがします。筒状花の先端は5つに深く裂け、外側は紅紫色、内側は純白。英名の「ピンク・ジャスミン」は、蕾(つぼみ)の色によります。葉は5~7枚の羽状複葉になります。
マツリカ(茉莉花)はジャスミン茶の原料に
また、清純な白い花と艶やかな緑の葉の取り合わせが、いかにも南国的で美しいマツリカ(茉莉花)も、香りが良いことで知られます。蔓の長さは5~10m。花期は7~9月で、花径は3・5㎝ほど。葉は大きめで対生、先端は3枚輪生します。
中国の福建省で盛んに栽培され、緑茶に着香してジャスミン茶をつくるのに使われます。マツリカの名は、サンスクリットの mallikā(マリカー)に由来し、英名はArabian jasmine(アラビアンジャスミン)です。

マツリカは、俳句の世界では夏の季語。個別の種名ではなく、ジャスミンの仲間一般を指します。小説家・横光利一(よこみつ・りいち/1898-1947年)の句は、女性で初めて芥川賞を受賞した中里恒子に宛てた1939年の書簡に、書き添えられていました。
ジャスミンの香りは身体に染みつくようで、一度知ると忘れることができません。『上海』や『旅愁』などで戦前のモダニズム文学の旗手として活躍した横光利一は、中里恒子が与えた印象の強さをジャスミンの香りになぞらえたのでしょう。その香りがついた指を見つめるとは、なんとも官能的です。

花言葉は「幸福」「優美」「あなたについてゆく」
ジャスミン全般の花言葉は、「幸福」「優美」「あなたについてゆく」。結婚式で花嫁がジャスミンの花輪をつけることに由来します。また、インドには、男性から贈られたジャスミンの花を髪の毛に編み込むという風習があります。そのため「あなたは私のもの」「官能的な愛」という情熱的な花言葉もあります。
ジャスミンはその香り故に世界中で愛され、フィリピンやインドネシアなど多くの国で国花となっています。2010~11年のアラブの春に起きたチュニジアの民主化運動は「ジャスミン革命」と呼ばれました。たおやかで優しく美しい花は、時に抵抗のシンボルにもなり得るのです。

ジャスミン
学名 Jasminum polyanthum(ハゴロモジャスミン)/ Jasminum sambac(マツリカ)
モクセイ科ソケイ属の常緑性蔓性の低木の総称。インドからアラビアにかけての熱帯・亜熱帯アジア原産。先端が5裂した筒状花で、色は白または黄。カロライナジャスミン、マダガスカルジャスミンは姿も香りもジャスミンに似るが、全くの別科別属で有毒。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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