だし巻き玉子

旬のもの 2023.04.14

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こんにちは、料理人の庄本彩美です。今日は「だし巻き玉子」についてのお話です。

料理の仕事を始めて、これまでに一番多く作ってきた料理は、だし巻き玉子である。
お弁当販売をしているので、だし巻き玉子はおかずの一品として欠かせない。
卵の黄色は、お弁当の中身をパッと映えさせてくれる。多くの人が小さいころから食べてきたであろう卵の味は、安心感を与えてくれるおかずのひとつだと思う。

写真提供:庄本彩美

お弁当販売を始めたころは、火加減が分からず卵液を焦がしたり、うまく成形できなかったりと失敗も多かった。繰り返すうちに、徐々にコツを得て上達してきた。

卵は京都の美山の平飼い卵を仕入れている。素朴な味が好みなのと、卵のサイズが作りたい玉子焼きの大きさに絶妙に合っているのだ。
卵を割る時は「いくよ」と声をかけるように「コンコン」と優しく割る。こうするとボウルに殻も入りにくい。

本来だし巻き玉子は、出汁の風味が強めなのが特徴だ。他の調味料は少ないか、入っていないことが多い。私は、利尻昆布と鰹節が濃いめの出汁を、成形しやすいように卵の半量で作っている。子どものころ、母が作ってくれていた玉子焼きが少し甘めだったこともあり、出汁に加えて、みりん、砂糖、醤油、塩を入れている。半分だし巻き、半分卵焼きのような味なので、「なんちゃってだし巻き」と言った方がいいのかもしれない。

道具は銅の玉子焼き器を使っている。柄の部分が木なので焦げやすく、ある日急に留め具が取れてしまったりする。この時はかなりショックなのだが、予備の棒ですぐに復活してくれる相棒的存在だ。

写真提供:庄本彩美

卵液はコシが残る程度に手早く混ぜて、中火寄りの火加減で手早く巻いていく。リズム良く、ふんわりと空気を入れるように優しく。関西では玉子焼きは手前から巻くと言われているが、どうも私は上手く出来ず、奥から手前に向かう関東風で巻いている。
色々混ざって自己流になってしまっているが、自分が食べ続けたいと思うようなだし巻き玉子を作るようにしている。

年中巻き続けているだし巻き玉子だが、卵がいつでも手に入るのは、当たり前のことではないそうだ。
本来鶏は、春にしか卵を産まなかったという。品種の掛け合わせが進んだことで、今では年中卵が手に入るようになった。卵の旬は2〜4月で「春たまご」といわれることもある。卵のコンディションが最も良いのはこの季節なんだそう。

七十二候では、冬の終わりに「鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)」という候がある。春の気配を感じて、鶏が卵を産み始めるころのことをいうそうだ。また、キリスト教のイースターエッグでは、春の訪れを祝う意味も含まれている。
卵は春の象徴であり、生命の始まりの象徴なのだ。

思い返すと子どものころの私は、春を心待ちにしていた。
私の実家では鶏を飼っていて、毎日卵を産んでくれていた。新鮮な卵が食べられるのだが、ある日ぱたっと食卓に並ばなくなる時があった。

鶏小屋を見にいくと、いつも駆け寄ってきてくれる雌鶏が小屋の隅でじっとしている。不安になって覗いていると、父が「卵を温めているんだよ。何日か経ったらひよこが産まれるよ。」と教えてくれた。

私は毎日、小屋の前でその日を心待ちにした。数週間後の朝、座っている雌鶏の羽の下から、顔を覗かせるひよことご対面を果たした時の感動と言ったら…!「ぴぃぴぃ」と鳴く可愛らしい声、ふわふわの黄色い産毛は、嬉しい春の記憶のひとつだった。

このような体験を繰り返しつつ「食べる」ことを学んでいったことが、今、料理の道ヘと繋がっていってくれているのだろう。
切り揃えて折り箱に詰める時には「いってらっしゃい」の気持ちと、これから食べてくれる人のことを思い浮かべながら手を動かし、蓋を閉める。
これからも沢山の方に食べていただけるよう、定番の味として作り続けていきたい。

写真提供:庄本彩美
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庄本彩美

料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。

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