こんにちは。俳人の森乃おとです。
5月は新茶の季節です。特に立春から数えて88日目に当たる「八十八夜」(2023年は5月2日)に摘んだ新茶は、無病息災の効能があるといわれます。今回は、日本人の暮らしに溶け込んだチャノキ(茶の木)をご紹介します。

世界で最も広く飲まれる植物性飲料
チャノキは、ツバキ科ツバキ属の常緑低木ないし高木で、中国西南部、インドなどが原産。その葉のエキスをお湯あるいは水で抽出したものがお茶で、コーヒーと並んで世界で最も広く飲まれている植物性飲料です。
お茶は、茶葉の製造法や抽出法によって、見た目も味もさまざま。発酵を抑えた緑茶系(煎茶、抹茶、ほうじ茶、番茶、玉露など)、発酵を途中で止めたウーロン茶、発酵を進めた紅茶など、多様なお茶が作られます。

茶には、抗酸化作用や抗がん作用があるカテキン、利尿作用や眠気防止に効くカフェイン、リラックス効果があるチアニンのほか、各種ビタミンとミネラルが豊富に含まれています。
和名の「チャノキ」は漢字名の「茶」をそのまま音読したもの。ロシア語の「チャイ」、英語の「ティー」、フランス語の「テ」なども、すべて起源は共通しています。
遣唐使によって奈良時代に渡来、茶道として発展
基本種の学名は「Camellia sinensis」。「Camellia(カメリア)」はツバキ属を指し、「sinensis(シネンシス)」は「中国の」という意味のラテン語。茶葉を採集する必要から、樹高1~2mの低木に仕立てられています。

一方、19世紀にインドのアッサム州で発見された変種のアッサム種は、樹高15mに達する高木で、今日では紅茶の大部分はアッサム種から作られます。
日本には古代に遣唐使などを通じ渡来したとみられ、聖武天皇が729年に宮中に100人の僧侶を召して、行茶を賜ったとされています。最澄も空海も中国から茶を持ち帰り、特に1191年に臨済宗の開祖・栄西が南宋から持ち帰った種子は全国に寺院に提供され、今日栽培されているチャノキの多くはその子孫だと考えられています。

明治の思想家・岡倉天心(おかくら・てんしん/1863―1913年)は、1906年にニューヨークで、英語で書いた『茶の本』を出版しました。その中で、茶は中国で始まった高雅な遊びであるが「十五世紀に至り、日本はこれを進めて一種の審美的宗教、すなわち茶道にまで高めた」と主張。茶道のエッセンスは「不可能なものを崇拝する」ことにあり、「いわゆる人生というこの不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企てである」と説いています。
チャノキの花言葉は「追憶」「純愛」「謙虚」。
詩人・小説家の中勘助は、夏目漱石の弟子であり、ことのほか茶を愛しました。彼が育った明治時代の東京・神田には、あちこちに茶畑が点在していたそうです。そして自伝小説『銀の匙』の中で、茶の花について次のように語っています。

「なんの奇もないながらかすかなさびのある茶の花は稚(いとけな)い折の思ひ出にふさはしい花である。円みをもつた白い花弁がふつくらと黄色い蕊(しべ)をかこんで暗緑のちぢれた葉のかげに咲く。」
その白く清楚な花は、幸せな懐かしい記憶を呼び起こすものなのでしょう。そして「純愛」「謙虚」は、たくさんの長く黄色いおしべを包んでやわらかく恥じらうように咲く花の愛らしさからつけられています。

「茶柱が立つと縁起がよい」という言い伝えを、多くの人が聞いたことがあるかと思います。 日本茶を入れたとき、湯呑の中で茶葉の茎の部分が縦に浮いた状態になることを「茶柱が立つ」と呼び、吉事の前兆とされます。
茶柱の「柱」は家を支える大黒「柱」に通じ、また神様を一柱、二柱と数えることから、神のご加護により一家の繁栄することが由来ともいわれます。また茶柱が立つには、まず茶こしの目を茎が通り、さらにその茎の一部だけが水を吸って重くなることが必要です。めったに起こらないことだからこそ「縁起がよい」とされるのでしょう。
そもそも、品質の高い新茶には茎は入っていません。茶柱信仰は、江戸時代の茶の商人が、人気のない安い番茶を売ろうとキャッチコピーを考えて広めたことが起源ともいわれます。俳人の中尾寿美子氏の句では、「ある日は信じ」と軽く言いながらも、茶柱が立つめでたさを「更衣(ころもがえ)」という初夏5月の季語を置くことで、期待感をさわやかに詠んでいます。

「茶柱は誰にも言わず、誰にも見つからないように黙って飲む」ことでご利益が高まるとのこと。みなさまも、湯呑の中の茶柱を見つけたら、そうっと微笑んで、静かに飲み干してくださいませ。
チャノキ(茶の木)
学名:Camellia sinensis
英名:Tea plant
ツバキ科ツバキ属の常緑低木ないし高木で、インド、中国西南部が原産。花期は10~12月。径2~3㎝ほどの白い5弁花を下向きに咲かせる。花は一重の抱え咲き。葉や茎などを加工して、湯あるいは水で抽出したものを飲用の「茶」として利用する。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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