こんにちは。俳人の森乃おとです。
6月は恵みの雨を受け、草木が豊かに育つ季節です。野原では、イネ科植物の群落が一面を覆い、鋭く尖った葉を立てて、純白の花穂をなびかせています。その植物の名は「チガヤ(茅、千萱)」。繁殖力が旺盛なことから「1000のカヤ(カヤはイネ科植物の総称)」という意味で名づけられました。

「夏越(なごし)の祓(はらえ)」の茅の輪くぐり
6月も終わりに近づくと、神社の境内にチガヤを束ねた大きな「茅(ち)の輪」が置かれているのを見かけます。古来チガヤは、矛(ほこ)のように鋭い葉に魔除けの力があると信じられてきました。

「夏越(なごし)の祓(はらえ)」とは、本来は旧暦6月30日、茅の輪をくぐることで、一年の半分の穢れを清め、その後半年間の幸いを祈る行事です。
神社によって作法は異なりますが、「唱(とな)え詞(ことば)」を唱えながら、8の字に3度くぐり抜けるのが一般的。代表的な唱え詞は「祓へ給ひ 清め給へ 守り給ひ 幸へ給へ(はらえたまい きよめたまえ まもりたまい さきわえたまえ)」などがあります。

ちなみに夏越の祓は、12月31日の「年越の祓」と対になっており、この二つの神事を合せて「大祓(おおはらえ)」と呼びます。
子どもたちのための甘いおやつ
チガヤはイネ科チガヤ属の多年生植物で、アジア中西部からアフリカ、オーストラリアにかけて約10種類が分布しています。日本では1種類、北海道から沖縄までの日当たりのよい山野や河川敷・道端に自生。地下茎で伸び広がり、大きな群落をつくります。
花期は5~6月。草丈は30~80㎝。葉長は20~40㎝。花穂は長さ20㎝ほどで、動物の尾のように湾曲しています。初めのうちは、雄しべの色が濃いので、赤褐色ないし黒色に見えますが、熟すと白い綿毛で覆われます。

サトウキビとは近縁で、葉で合成されたブドウ糖や果糖などの糖分が、植物体に蓄積されます。そのため噛むと甘く、昔は子どもたちがおやつ代わりに食べていたそうです。食べる部分は、まだ葉に包まれた黒い未熟な穂や、白い節がある地下茎です。
奈良時代に編纂された『万葉集』には、チガヤを詠んだ和歌が18種も収録されています。チガヤは生活になじんだ植物だったようです。チガヤの花穂は「茅花」と書いて、「つばな」あるいは「ちばな」と呼ばれました。

有名な歌は大納言・大伴家持(おおともの・やかもち)と、紀郎女(きの・いらつめ)との愛情があふれる、贈答歌。甘みのあるチガヤが、栄養豊かな植物と考えられていたことが前提です。
紀郎女は、家持の上司の安貴王(あきのおおきみ)の妻。ある日彼女は、家持に歌を添えてチガヤを贈りました。
「戯奴(わけ)=あんたのために、手も休めずに、春の野で引き抜いたチガヤの花なのよ。全部食べて、少しは太りなさい」。
これに対して家持の返歌は
「わが君に、わたくしめは恋してしまったようです。いただいたチガヤをいくら食べても(恋わずらいで)痩せる一方です」
当時、家持は20代の貴公子。10歳ほど年上だったらしい紀郎女との、甘えと信頼が混じったやり取りが軽妙です。

チガヤの花言葉は「子どもの守護神」「みんなで一緒にいたい」。チガヤは地下茎から他の植物の成長を阻害する物質を出しながら繁殖するので、いったん生態系に入り込むと駆除が難しく、「世界最強の雑草」と呼ばれるそうです。
しかし、茎葉は屋根を葺く材料となり、地下茎は「茅根(ぼうこん)」と呼ばれる生薬になり、利尿・消炎・止血剤として使われます。そして甘いものに乏しかった時代、野に遊ぶ子どもたちの身近なスイーツとなりました。

一年の半分が過ぎるこの時期、新年の頃の清新な気持ちも薄れ、どことなく疲れがたまっているような思いがします。そんなときには、茅の輪くぐりをしてみてはいかがでしょうか。俳人の長谷川櫂氏の句にあるように、やすらかにくぐり抜けた向こうには、かつての日々に帰ったかのような躍動感あふれる、素敵な世界が広がっているかもしれません。
チガヤ(茅、千萱)
学名Imperata cylindrica
英名 Cogongrass
イネ科チガヤ属の多年生植物。アジア・アフリカ。オーストラリアに約10種が分布。日本には、北海道から沖縄まで在来種1種が自生。花期は5~6月。草丈30~80㎝。花穂は熟すと銀白色になる。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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