ハシブトガラス

旬のもの 2023.10.16

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こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
今回は、いよいよと言うか、ついにと言うか、私の人生を変えた鳥のハシブトガラスの登場です。

カラスって、とても嫌われています。ゴミを荒らし、人を攻撃する獰猛な鳥。黒くて不気味。イタズラばかりしているなど、なんだかネガティブイメージの塊のような鳥です。また、頭が良いというのも有名ですが、こちらもどちらかといえば良い意味ではなく、ずる賢いとか人を手玉に取るみたいな、やはりネガティブなニュアンスで語られることが多い気がします。

残念なことに、鳥の味方であるはずのバードウォッチャーにも、カラスは人気がありません。珍しい鳥を見ていると妨害をする。かわいい小鳥の雛を食べる。こんなことをするから反感を買い、カラスなんかいない方がいいなんて人も出てくる始末です。

じつはかつての私も、あまり関心がなくスルーする存在でした。ところが、今から27年前にカラスのテレビ番組を作ることになり、来る日も来る日も1年以上に渡ってカラスと向き合うことに。すると、こんな興味深くおもしろい鳥はいないことに気がついたのです。それ以来、魅力にはまり、これまで3冊のカラス本を出すことができました。今こうして鳥の話を書く仕事ができているのも、カラスのお陰というわけです。

さて、カラス、カラスと書いてきましたが、カラスという名前の鳥はいません。カラスにも種類があって、みんな○○ガラスという名前がつけられています。世界には約50種、日本には6種のカラス属の鳥がいて、身近にはハシブトガラスとハシボソガラスの2種がいます。

なかでもハシブトガラスは、街の中でもっとも普通に見られる種で、ゴミを荒らして困らせるのは、たいていがこのカラス。名前の由来となった巨大なくちばしと、「カア~」と澄んだ声で鳴くのが大きな特徴です。ちなみにハシボソガラスは、「ガア~」と濁った声で鳴き、この違いがわかれば、姿がとてもよく似ている両種を見分けることができます。

カラスといえば、生ゴミばっかりを食べていると思われがちですが、さすがにそんなことはありません。季節にあわせて、昆虫や木の実など、自然のものもかなりたくさん食べています。

10月といえば実りの秋。木の実がたわわになるこの季節は、カラスにとってウハウハな時期です。特にハシブトガラスは、木の実や果物が大好きすぎるくらいで、クスノキやカキ、ドングリなど、たいていのものならば食べてしまいます。そして、一番の好物はハゼノキやウルシ、ナンキンハゼの実です。これらの実は油脂に富んでいて、脂が大好きなハシブトガラスにとっては肉を食べるのと同じ。これから寒くなる冬にむかって、脂分はとても重要な栄養素なので、たくさん食べて冬に備えているのでしょう。

じつはハゼノキやウルシも、ハシブトガラスに実を食べてもらいたくて結実させています。これらの実は、カラスに食べられることで遠くまで運ばれ、糞といっしょに種子が蒔かれます。要するに種蒔きを手伝ってもらっているのです。さらに、メリットはそれだけではありません。

ハゼノキやウルシなどのウルシ属の種子は、そのまま蒔くと発芽するまでに2~3年はかかります。ところが1度カラスのお腹の中を通ると、種子の皮が剥けて発芽率が上がるのだそうです。すなわちカラスに食べてもらわないと、これらの木は困ってしまうわけなんですね。ハゼノキの実は和ろうそくの原料、ウルシの樹脂は漆塗りの漆となり、日本文化にとって大切なこれらは、カラスが種蒔きをすることで支えられてきたんじゃないかなあ、と私は思うのです。

カラスなんて、人に迷惑をかけてばかりで害ばかりだから消えてしまえ。そんな声を聞くこともあります。でも、ウルシとカラスの関係からわかるように、自然には無駄な生きものなんて1つもいないことを私はカラスから学びました。物事の一面だけをとらえて評価するのはとても危険です。生物多様性の大切さが最近は特に言われますが、身近なカラスを知ることで、その重要性に私は気づかされたのです。

写真提供:柴田佳秀

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柴田佳秀

科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。

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