季節をそっと彩る花々 ゲンノショウコ

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晩夏から秋にかけて咲く、ゲンノショウコ(現の証拠)

季節を楽しむ生活に、そっと彩りをくれる花々。このページで紹介する花は、その季節の主役ではないかもしれないけれど、日本の四季がつくる景色に欠かせない大切な存在です。今回は、晩夏から秋にかけて咲く、ゲンノショウコ(現の証拠)です。
(文・文中写真:和暦研究家・高月美樹)

ゲンノショウコ(現の証拠)は晩夏から秋にかけて咲く、なんとも可憐な花です。透けるように薄い五弁の白い花びらに、美しい紫の筋模様と濃い紫のおしべ。草地に点々と咲く、楚々とした妖精のような花です。

センブリ、ドクダミと並ぶ日本三大和薬のひとつで、漢方では用いられていない、日本特有の薬用植物です。フウロソウ科フウロソウ属の多年草で、全国に自生することから、いつでも採取できる身近な下痢止めの民間薬として利用されてきました。すぐに効き目が現れることから、この名があります。

平安時代には牛扁(ぎゅうへん)という名もあり、牛の病気を治す薬草としても用いられたようです。下痢止め、食あたり、消化不良、膨満感、便秘、整腸作用など、いわゆる「お腹の薬」として知られる万能薬。現在も正露丸に使われています。

フウロの文字は「風露」です。 フウロソウ属の花はどれも儚げで、「風と露」という美しい名前はぴったりだと思うのですが、じつはフウロソウという単独の草はありません。それぞれ◯◯フウロ(風露)と名づけられていて、フウロソウはそれらを総称する言葉として使われています。

飲めばたちまち治ることからタチマチグサ(たちまち草)、テキメンソウ(覿面草)、医者が要らないのでイシャイラズ(医者要らず)、イシャナカセ(医者泣かせ)などの異名もあります。その薬効ゆえにゲンノショウコという、なんともいかめしい名前になってしまいましたが、実際はご覧の通り、「風露」と呼ぶにふさわしい可憐な花です。

白いゲンノショウコは東日本に多く、濃いピンクのベニバナゲンノショウコ(紅花現の証拠)は西日本に多く分布しています。そのほか薄いピンクのビッチュウフウロ(備中風露)、ハクサンフウロ(白山風露)、イヨフウロ(伊予風露)、カイフウロ(甲斐風露)など、地域を限定する変種も多く、絶滅危惧種に指定されているものもあります。

そのなかでも北海道から沖縄まで全国でみられるゲンノショウコは、いわばフウロソウの代表選手のような存在。本来であれば、「これがフウロソウです」といってもいいくらいなのですが、その薬効ゆえに、永遠にフウロと呼ばれることはなくなってしまったフウロソウなのです。

ゲンノショウコのもうひとつの魅力は花が終わり、種がはじけた後のこの姿です。この形がお神輿の反り返った屋根によく似ていることから、ミコシグサ(神輿草)という別名があります。くるりんと巻かれた美しい曲線はまさに黄金螺旋。王様の冠のようにも見える見事な形です。

ツンツンと尖って茶色くなったさく果を触ると、パンっと弾けるところがみられますので、もし機会があればお試しください。ゲンノショウコは花期が長いので、今、咲いているものもあれば、咲き終えて、先にさく果になっているものもあって、両方同時に見られることも多いとおもいます。

アメリカフウロは名前の通り、北アメリカ原産の外来種です。ゲンノショウコよりもだいぶ小さな淡いピンク色の花で、春から初夏にかけて、ナズナやカタバミなどの雑草に混じって全国の市街地に咲いていますので、見る機会が多いかと思います。都会ではもう圧倒的にアメリカフウロの方が多くなり、在来のゲンノショウコは見られなくなりました。

ゲンノショウコは下痢止めの場合は全草を天日乾燥させ、色が濃くなるまでじっくり時間をかけて煎じたものを飲みます。ただし、ギザギザのある葉の形がトリカブトやウマノアシガタなどのキンポウゲ科の植物とよく似ているため、採取には十分注意が必要です。慣れない人は花が咲いているときがいちばんわかりやすく、含まれるタンニンも花の時期がいちばん多いそうです。

とはいえ、近年、ゲンノショウコは全国的に減少傾向にあり、自生地を失いつつあります。ゲンノショウコの花は晩夏から秋にかけて咲きます。見かけたら、ぜひ大切にしてあげてください。薬草として使われなくなった今は、役に立たないただの雑草としてみられ、除草剤をかけられてしまうこともあります。そんな人里の何気ない草地に、この花は楚々として咲いています。

昔のように取り放題の時代ではないので、私はただ「風と露」の楚々とした風情を眺めるばかりです。フウロソウの色はうすピンクやうす紫のものなどさまざまありますが、私はこの小さな妖精のような白いゲンノショウコが、初秋のくさぐざの中で、ことさら美しく感じます。

開ききらずにうつむいている花も風情がありますし、大きく開いているものは五芒星の神秘的な宇宙をみるかのよう。紫の端正な筋やブルーの雄しべがよく見えますし、咲き方によって色々な表情があります。周辺には他の小さな秋草も咲き出し、その複雑にミックスしていく姿が美しい季節でもあります。

文責・高月美樹
本文写真・高月美樹

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高月美樹

和暦研究家・LUNAWORKS代表 
東京・荻窪在住。和暦手帳『和暦日々是好日』の制作・発行人。好きな季節は清明と白露。『にっぽんの七十二候』『癒しの七十ニャ候』『まいにち暦生活』『にっぽんのいろ図鑑』婦人画報『和ダイアリー』監修。趣味は群馬県川場村での田んぼ生活、植物と虫の生態系、ミツバチ研究など。

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