足元のセンス・オブ・ワンダー
スプリング・エフェメラル

いよいよ春になりました。今月はスプリング・エフェメラル、春の妖精をご紹介します。

スプリング・エフェメラルはその名の通り春の儚いものたちで、夏がくる前に地上からすっかり姿を消し、地下茎で栄養を蓄えて次の春を待つ、特殊な野の花たちの総称です。突然、花を咲かせ、大地に出現した妖精のようにみえるのは、まだ寒い春の始まりに動き出す少数の虫たちを呼び寄せるためです。マルハナバチやミツバチたちは、この早春の花に助けられて、少しずつ活動を始めます。

その代表とされるのがカタクリです。カタクリは発芽してから花が咲くまで、最低でも7、8年かかることをご存知でしょうか。

写真1カタクリ

スプリング・エフェメラルの中でもカタクリはもっとも成長が遅く、毎年一枚葉のまま、ほんの2~3ヶ月、春の陽光を蓄えると地上から姿を消し、残りの長い期間を地下茎だけで過ごします。毎年、春になると少しずつ大きくなった一枚葉を出してはまた長い眠りにつき、7、8年目にようやく二枚葉をつけ、そこからようやく花を咲かせます。

片栗の一つの花の花盛り 素十

長い年月を経て咲くカタクリの花盛りは、まさに貴重な一瞬です。一茎一花、楚々としたこの美しい花は古くから人々に愛されてきたようです。

もののふの八十娘子らが汲みまがふ 寺井の上の堅香子の花 万葉集

万葉集に収録されている大伴家持の歌です。寺井は境内の中にある湧き水です。たくさんの娘たちがにぎやかに水を汲みにやってくる、その水のほとりに咲いているカタクリの花よ、と詠んでいます。水のほとりで遊ぶ乙女と紫の花。なんだか夢のように美しい春の景色ですね。

カタクリは昔、堅香子(かたかご)と呼ばれていました。カタカゴの読みは、カタクリの葉に特有のまだら模様があるので、その模様を鹿の子にたとえた片葉鹿の子(かたばかのこ)の略、または傾いた籠が語源ともいわれています。各地でさまざまな呼び名があり、片方しか葉がないためかカタコ、カタバと呼ばれたり、ちょうどウグイスが鳴く頃に咲くためか、ホーホケキョ、ホケキョバナなどの呼び名もあります。おそらく毎年ウグイスの声を聴きながら、この花を眺めたのでしょうね。呼び名とは面白いものです。

カタクリは咲き始めるまで長い時間がかかるものの、咲くようになってからの寿命はかなり長く、40年~50年生き続ける強い生命力を持っていますが、まだ草の少ない早春に出てくるカタクリの葉は鹿の好物でもあるらしく、よく鹿に食べられてしまうという話もお聞きしました。近年、群生地は貴重となり、各地で保護されるようになっています。葉の数が多くなっているのは十分に成長したカタクリたちです。

写真2-2カタクリ

カタクリの祖先たちは落葉広葉樹林の下に出現し、大きな樹木が葉を繁らせ、日陰になってしまう前の数週間に効率よく光合成を行うように進化した、と考えられています。そのため水分の多い腐葉土のある場所や水辺を好み、乾燥した場所では棲息できません。カタクリの種子は乾いた枯葉の上では発芽できないため、雑木林の落ち葉がきや下刈りなど、人の手が入った方が生育のよくなる里山の植物ともいわれています。

この根からとったものが本来の片栗粉です。これだけ長寿で、地下茎に栄養を貯めているのですから、栄養価が高いことは十分に想像がつきますね。現在の片栗粉はジャガイモのでんぷんで代用され、名前だけが残されているわけです。

一度、絶滅するとなかなか戻ってこないカタクリたち。人々がうつむいて咲くこの小さな花の、どこか凛とした風情に心惹かれるのは今も昔も変わらないようです。そしてもちろん、花蜂たちも大好きな花。とくに春を感じて最初に活動を始めるマルハナバチの女王蜂たちが、受粉を担っているともいわれています。

Photo by Kazuhiko Kawakubo

この動画で熱心に蜜を吸っているのはミツバチです。ちょっと見納めをするように花にあいさつをして、飛んでいく姿がなんとも愛らしいですね。

カタクリの花期は数週間。陽射しのない曇りの日や雨の日には閉じてしまいますので、人間もこの花を見たいときは晴れの日に限られます。蝶の世界でスプリング・エフェメラルと呼ばれているギフチョウやヒメギフチョウも、カタクリの受粉者です。またカタクリの種は以前、ご紹介したスミレと同じく、アリが運んでいることもよく知られています。

かさねの色コラム「壺菫(つぼすみれ)」
https://www.543life.com/kasaneirocolumn-tsubosumire.html

福寿草もスプリング・エフェメラルです。福寿草の方が目にする機会も多いのではないでしょうか。ちょうど和暦の元旦頃に咲くため、古くは元日草(がんじつそう)、朔日草(ついたちそう)と呼ばれていました。

写真3福寿草
写真5福寿草の群生

見つけた人の顔をほころばせ、文字通り福を呼ぶ花です。茎もほとんど伸ばさずにいきなり花を咲かせてしまうその姿は、まさに大地に咲く小さな太陽。キラキラと輝くような黄色です。パラボラアンテナのような花弁は実際に花の中央に光を集め、その熱で虫を誘っています。この花もやはりなるべく他との競争を避け、素早く受粉を誘うための生存戦略を選んだのです。

写真4福寿草

カタクリは花蜂系に適した鐘形ですが、黄色のお皿のようなこの形はハナアブたちの受粉に適した形をしているのだそうです。ハナアブはアブではなくハチの擬態をしていることが多いハエの仲間で、虫に詳しくない人にはハチのように見えるかもしれません。

写真6セツブンソウ

そしてまさに妖精の雰囲気たっぷりなのが、この節分草です。実際には節分より遅く2月中旬頃から咲き始めます。本当に神秘的で美しい日本固有種です。

アズマイチゲ、キクザキイチゲ、ユキワリイチゲなどは3月以降に咲き始めるスプリング・エフェメラルです。イチゲは一華で、一茎一花の意味です。1週間前までは何もなかったような日陰の場所に、突然、白い花が群生し始める姿はなんとも神々しく、心が洗われます。

写真10アズマイチゲ
写真8キクザキイチゲ
写真9ユキワリイチゲ

最後にご紹介するのが、エゾエンゴサクやヤマエンゴサクです。神秘的な水色の花はまさに妖精そのもの。花期はさらに遅く4~5月頃に咲きますが、やはり短い期間で地上から姿を消して、地下茎だけで過ごします。

写真11エゾエンゴサク
写真12ヤマエンゴサク

いかがでしょうか。儚い春の妖精たち。地下に蓄積された力が突如、美しい姿になってあらわれるのですから、まさに大地の化身です。毎年、出会える喜びはひとしおですが、花たちが待っているのは人間ではなく、虫です。共に生きる豊かな生態系があればこそ、春の妖精は生き続けられるのです。

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高月美樹 和文化研究家
高月美樹 和文化研究家

月刊婦人雑誌の編集を経て独立。96年から人生に起こるシンクロニシティを探求し、日本古来の和暦に辿り着く。2003年より地球の呼吸を感じるための手帳、「和暦日々是好日」を製作・発行。月と太陽のリズムをダイレクトに受け取り、自然の一部として生きるパラダイム・シフトを軸に講演、執筆、静かにゆっくり活動中。

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