サンマの季節になりました。油の多いサンマは、大根おろしがよく合いますね。秋の味覚にはなにか複雑な苦みや渋みが含まれていて、滋味深さを感じさせてくれます。
現代人は焼き魚の焦げた香りをご馳走と感じていますが、江戸時代、庶民の灯りは菜種油と魚油でした。魚油は菜種油の半額程度だったため、貧しい人々は魚油で夜を過ごしていたのです。魚油はイワシやニシン、サンマなどから絞り、畑の肥料にも使われていました。魚油は黒煙とともに強烈な匂いを放つので、深夜まで夜更かしすることはなかったようです。
そして魚油に使われるような魚は下賎なものとして、武士はあまり食べなかったとか。とくにサンマは刀に似ているということからも、避けられていたようです。今ではそのいずれの魚も漁獲量が減って高値がつくようになり、健康食品としてDHAのサプリメントが結構な値段で売られたりしているのですから、江戸時代の人が知ったらびっくりするのではないかと思います。
サンマを食べるようになったのは、「安くて長きはさんまなり」と宣伝する魚屋が現れた、江戸中期以降だとか。安価で栄養のあるサンマは、庶民の味方だったのでしょう。「秋刀魚が出ると按摩が引っ込む」ということわざも生まれ、サンマをたくさん食べると病人が少なくなるということを人々は実感していたようです。サンマには肌が乾燥しやすく、喉を痛めやすい秋にぴったりの食べ物です。季節の変わりめにしっかり免疫力をあげてくれる青魚の良質な油を摂ることは実に理に叶っています。
ところで、小津安二郎の遺作となった映画『秋刀魚の味』には、面白いことに秋刀魚がまったく出てこないのですが、登場人物たちが織りなす心の綾が愛おしく、ほろ苦く描かれています。親子の愛情や、夫婦の愛情、そして友情。小さなすれ違いや、言葉にできない寂しさが交錯する人生の味。人々は与えられた運命を素直に受け入れながら、つつがなく生きていきます。庶民の食卓を象徴するサンマの味には、そんな滋味深さがあるように思えてなりません。