前回、蕎麦のことを書きましたが、きょうはその蕎麦にかける七味唐辛子のお話です。
現在も変わらぬ人気を誇る七味唐辛子は、江戸時代、医者や薬問屋が多く集まっていた東日本橋の医者町、薬研掘(やげんぼり)で生まれたといわれています。七味の材料は、ご存知のようにカプサイシンが豊富な赤唐辛子や山椒、胡麻、陳皮、芥子の実、麻の実などをブレンドしたもの。
薬研堀の薬問屋が風邪に効く漢方薬を日常的に摂れるものとして考案し、蕎麦の流行とともに、全国に広まったそうです。七味唐辛子は辛いだけではなく、いろいろな風味や香りが加わったことによって、時代を超えて愛されてきた見事なロングセラー。当時の江戸では、七色(なないろ)と呼ばれていたようです。
血液を浄化するルチンがたっぷり含まれたあたたかいお蕎麦に、代謝や発汗を促す七味唐辛子をかけて食べることは、味の相性がよいだけでなく、風邪をひきやすいこの時期にぴったりの理に叶った組み合わせです。
七味の材料は、七種に限らず生姜、紫蘇、青海苔などさまざまですが、当初から変わらず入っているのが麻の実です。近年、注目を浴びている麻の実油は高価なものですが、案外、身近なものに入っているのです。麻の実油の80%は必須脂肪酸で、ほかの植物油では摂取できない貴重なαリノレン酸が豊富に含まれ、魚の油と同様、脳の活性化や美容効果があります。その意味でも、肌が乾燥しやすく喉を傷めやすい冬に積極的に摂取するのがおすすめです。
ところで、この七味唐辛子。江戸時代、どんなふうに売られていたのでしょうか。この写真は、三上一馬氏の『彩色物売図絵』(中公文庫)の中でも、私がいちばん好きな物売り、七味唐辛子売りの頁です。こんな可愛らしい格好の物売りがいたのです。
唐辛子売りのことは『森貞漫稿』など、さまざまな文献に掲載されているのですが、客の目の前で材料を説明し、好みに合わせて調合することが多く、その口上があまりにも面白いことから、大道芸の一種にもなっていたとか。大きな張り子の唐辛子を背負っていることが多かったようです。そんな物売りさんの苦労を、唐辛子の辛いに掛けて詠んだ川柳があります。こんな唐辛子売りの姿をちょっと想像しながら、七味を召し上がってみてください。
七色をあつめて辛ひ世を渡り 『誹風柳多留』
七味唐辛子の老舗
大木唐からし店 東京都中央区東日本橋2-21-5(通販はなく、店頭販売のみ。調合もしてくれます)
『彩色物売図絵』三上一馬著(中公文庫)