栽培暦(英語ではcrop(ping) calendar, planting calendar, seasonal calendar, agricultural calendarなど)とは文字どおり作物の栽培シーズンを知るための暦です。栽培暦という名称以外にも、栽培カレンダー、稲作こよみ、小麦カレンダー、ネギ栽培カレンダー等々、穀物や野菜を中心にさまざまな暦がつくられています。作成主体もJA(農協)などの団体や研究所、さらには個人にいたるまで多様です。たとえばJAアルプスはコシヒカリ栽培こよみをはじめ大麦「ファイバースノウ」栽培こよみ、ハトムギ栽培こよみ、大豆シュウレイ栽培こよみ、さといも栽培こよみ等を提供しています。そのうちの代表例を紹介しましょう。
「アルプス米」コシヒカリ栽培こよみ
2025年産「アルプス米」コシヒカリ栽培こよみ(アルプス農業協同組合)を見ると、「登熟を高める『根づくり』とそれを育む『土づくり』」というスローガンの下に高品質なアルプス米につなげる5つのポイントが列記されています。すなわち①5/15中心の田植えに合わせた育苗作業、②初期茎数の確保、③生育ステージに応じた水管理、④適期防除、⑤適期刈り取り、です。こよみの時期は4月から10月にかけての7ヵ月です。時期に合わせて細かく作業日程の目安が記入されています。5回に及ぶ草刈りのめども忘れられてはいません。さらに水管理の目安が続き、それら全過程における管理のポイントが箇条書きに列記されています。茎数とか登熟という聞きなれない用語に出くわします。茎数とは一株当たりの茎の本数を意味し、登熟とは種子が発育し炭水化物や蛋白質が集積されることを指します。また防除とは雑草と防虫害の二つに分かれ、種類によって薬剤が異なることが見て取れます。
かつて、虫害を防ぐためには虫送りの行事がおこなわれました。稲につく虫としてはウンカが多く、鉦や太鼓の行列を組んで村の水田をめぐり、虫を集めて村境まで送り出すという行事です。そんなことは現代の栽培こよみでは完全に無視されています。害虫駆除は見るからに薬剤散布一辺倒です。
FAOの栽培暦
栽培暦で国別・作物別の情報を提供しているものとしては国連食糧農業機関(FAO)のデータベースがあります。それは農業生産・普及活動の有効性と効率性の向上、ならびに災害後の農業システムの復興に活用できるツールとして開発されました。50カ国、100作物を越え、播種期・移植期・収穫期に分けて整理され、気候・作物・農業慣行をもっとも標準化したかたちで見ることができます。しかし、概要がわかるだけで、前述のコシヒカリ栽培こよみのような詳しいものではありません。
さらに国ごと、作物ごと、生育段階ごとに詳細なデータを知りたければ、以下のサイトなどが参考となります。FAO以外にも政府、国際研究機関、大学などによってさまざまな栽培暦が提供されています。
JICAの栽培暦
日本の国際協力機構(JICA)は途上国支援のための組織ですが、ケニアの小規模農家に対して作物カレンダーを作成するためのマニュアルをネットで公開しています。めざすのは「作ってから売る」から「売るために作る」農業への転換です。そしてカレンダー作成のために用意する文房具、栽培カレンダーのサンプル、月別活動のサンプル等のモデルを提供しています。注目されるのは、カレンダーに沿って計画的に播種や除草、収穫や分別をおこなうことです。
栽培暦の効用
栽培暦の効用は作物の管理だけでなく、キャッシュフローの予算や労働力の要件等の情報も加味することで生産コストをより適切に計画することにあります。とくに近年の栽培暦では「暦がずれる」ことにいかに対応するかが問われています。地球規模の気候変動が激しい昨今、開花期の前倒しや収穫期の遅れに農家は直面します。寒波や台風(モンスーン)などのシーズンも大幅に変化しています。さらにAIや衛星データにより暦情報がアップデートされる時代になってきました。地域、作物、生育段階という3つの指標だけでも複雑なカレンダーが必要とされています。その意味では、栽培暦の未来は明るいと言っていいでしょう。

中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書に『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)、『こよみの学校』全5巻(つくばね舎)、編書に『世界の暦文化事典』(丸善出版)など多数。