今日の読み物

お買い物

読み物

特集

カート内の商品数:
0
お支払金額合計:
0円(税込)

こよみの学校 第264回 実証主義の暦-A.コントの「人類教」を彩るカレンダー

この記事を
シェアする
  • X
  • facebook
  • B!
  • LINE

A.コントの実証主義と「人類教」

実証主義(positivisme)とはフランスの思想家オーギュスト・コント(1798~1857)が構想した、経験を重視する立場です。その場合の「実証」とは、科学的、論理的でかつ経験に裏付けられていることを意味し、神学や哲学より進んだ段階であることを主張しました。言い換えれば、超越的な神を否定し、思弁的な思索を超えたところに実証主義は位置づけられました。コントはまた晩年、「人類教(Religion de l'Humanité)」を標榜したことでも知られています。それは愛を基本とし、人類の幸福のために奉仕することこそが人道であり、人道というのが社会においての最高の表現であるとされました。現実に存在するのは人類であり、個体ではなく人類として人間は存在し続けるという考えであり、霊魂の不滅は否定していました。

実証主義のカレンダー

コントの掲げた実証主義や「人類教」の精神にもとづきカレンダーも考案されました。それはひと月を28日とし、1年13ヵ月で364日、プラス1日ないし閏年は2日というものでした。余分の1日は「死者を追悼する祭日」、閏年の場合はさらに「聖女を祝う日」が加わりました。また1週間は7日、1年は52週、週の開始は常に第1日(月曜日)とするものでした。そして紀元元年は「大危機」の年であるフランス革命の年、すなわち西暦1789年に定められました。

コントのカレンダーはマルコ・マストロフィーニの永遠暦に範をとるものでした。マストロフィーニ自身もヒュー・ジョーンズ(ペンネーム:Hirossa Ap-Iccim)のカレンダーの影響を受けていました。つまり、すべてがコントの独創ではありませんでしたが、月や日にちの名称には「人類教」の精神にあわせた、コントの独自性が見られます。たとえば月は歴史上の偉人を選び、時代順に次のように命名されました。

また、日にちについてはたとえば次のようになっていました。

このように、1年13ヵ月、364日に固有の名前(総数558)が付き、整然と並べられました。

The positivist calendar as devised by Auguste Comte in 1852 and edited in 1909 by P.-F Pécaut in the Nouvelle Édition of his novel, Catéchisme Positiviste. https://en.wikipedia.org/wiki/Positivist_calendar#/media/File:Calendar_positiviste.jpg

広まらなかった実証主義暦

一見合理的な実証主義暦ではありましたが、その普及は実証主義のサークルに限られていました。その理由はいくつも挙げられていますが、まず13ヵ月の名称にしろ、364日の名前にしろ、一般人には覚えきれないものでした。また13は素数のため、春夏秋冬のように4分の1に割り切れないのが不便でした。他方、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとって、7日ごとの礼拝が年末の1日(平年)/2日(閏年)のため毎年曜日が移動し、受け入れがたいものでした。

パリ3区には人類教の建物があり、ファサードには「人類教」の文字が刻まれ、その下に「愛を原理とし、秩序を基礎とし、進歩を目的とする」というコントの標語が掲げられています。内部には「人類(Humanité)」と書かれた祭壇が中央に陣取り、聖母子に似た母子像がまつられています。両脇には月名になった13名の偉人と閏年の余分な1日を象徴する聖女(中世の哲学者エロイーザ)の肖像画が並んでいます。

13ヵ月の偉人たち(部分):右からホメロス、アリストテレス、アルキメデス、シーザー、聖パウロ(radiofrance.frより)

ブラジルでは奴隷解放(1888)や共和国革命(1889)を主導した軍人や政治家に実証主義者が多数存在していました。そのため、国旗には黄道を示す白い帯に「秩序と進歩」が掲げられ、革命記念日の11月15日にリオの上空に見えた星空があしらわれています。南十字星やこいぬ座・おおいぬ座等の総数は州の数を、下方の南極星は連邦区を象徴しています。アメリカの国旗と同様、州の数がふえると星の数も増す仕組みです。ちなみに緑は森林や農業・林業を、黄色は金や鉱業をあらわしています。しかし、そのブラジルですら実証主義カレンダーは公式の暦には採用されませんでした。

この記事を
シェアする
  • X
  • facebook
  • B!
  • LINE

中牧弘允

文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書に『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)、『こよみの学校』全5巻(つくばね舎)、編書に『世界の暦文化事典』(丸善出版)など多数。

こよみの学校