明るく心安らぐ、明(あけ)と宵(よい)のことば
空が少しずつ白んでゆき、いよいよ昇ってきた朝日に一日の希望を託し、今日を生きる。日が傾き闇に包まれる頃にはその日の仕事を終え、草木と共に眠りにつく準備を始める。明と宵の時間は、明るい希望を持ち、心を落ち着かせてくれるかけがえのない時間です。そんな時間を大切に思えるような、美しい明と宵のことばをご紹介します。
暁(あかつき)
空が明るくなる前の、まだ暗闇の時間帯
暁は、夜半から空が明るくなる前の時間のことで、まだ空が暗い頃。奈良時代までは「未明(あかとき)」と呼ばれており、平安時代になってから「暁(あかつき)」という言葉になったそうです。「あか」がつくので夜明け前の空が赤い時間帯のこととつい思ってしまいそうです。
春眠暁を覚えず
ー孟浩然「春暁」より
黎明(れいめい)
暗い(黎)空が明ける時間を表す言葉
黎は「暗い」という意味を持つので、黎明は暗い夜が明けていく「夜明け」の意味があります。少しずつ明けていく空を眺めていると、どこかほっと安心する気持ちになれますね。
また「黎明期」と言えば、新しい文化や時代が始まろうとする時期のことを指します。
風さわぐ 木立のうれに うすあかり 黎明ちかく 海ひかるなり
ー前田夕暮 『歌稿』より
うれ:枝や葉の先端
東雲(しののめ)
語源は、日の光や月の光をとり入れた「篠の目」から
夜が明けようとするとき、漆黒の空が白んできて次第に明るくなってゆく時間帯。難しい読み方ではありますが、なんとも素敵な語感です。「東雲」の語源は、昔の住居の明かりとりである「篠(しの)の目」だと言われています。篠竹という竹の一種で壁や戸に網目をつくり、日の光や月の光をとり入れていました。それが転じて、夜明けの空や夜明けを意味するようになりました。
しののめの 空霧わたり 何時しかに 秋の景色に 世はなりにけり
ー紫式部
横雲の 風にわかるる 東雲に 山飛びこゆる 初雁の声
ー西行
天の戸を 夜半のくいなや 叩くらむ ほどなく明くる 夏の東雲
ー俊恵
くいな:漢字では水鶏と書く、水辺にすむ鳥。鳴き声が戸をたたく音に似ていることから、くいなが鳴くことを「たたく」と言います。
明の明星(あけのみょうじょう)
夜明けを祝う、美しい金星
明の明星は「金星」の呼び名です。少しずつ空が白んでくる明け方の東の空に、金星はひときわ美しく輝きます。惑星である金星は太陽の光を反射することで輝きます。まるで、夜明けを祝福しているかのようです。
闇のうちに 和幣をかけし 神あそび あかほしよりや 明けそめにけむ
ー崇徳院『久安百首』より
和幣(にきて):神具
神あそび:神楽
あかほし:明の明星、また神楽歌の一つ
曙(あけぼの)
人々の心をやわらかく包み込む夜明けの空
夜明けを迎えた東の空に陽光が差し、淡く染まる頃。平安時代の作家・清少納言も『枕草子』の中で「春はあけぼの(春は夜明けが素晴らしい)」と綴っており、今も人々の心をやわらかく包んでくれます。「曙色」という美しい伝統色も残されています。
曙色(あけぼのいろ)
優しく淡い紅赤で、やや黄色を帯びています。夜明け前、昇ってきた太陽が染める東の空のグラデーションを思わせるような色合い。
春はあけぼの。
やうやう白くなりゆく山ぎは、
少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。ー清少納言『枕草子』より
夜明け(よあけ)
明ける空に希望を乗せる、一日の始まり
夜が明ける時。東の空が明るくなり、朝がやってきます。一日の始まりを感じられる言葉ですね。「夜明け前がいちばん暗い」ということわざがあり、苦難は終わる頃がもっとも苦しく、その時期を乗り越えれば明るい未来が訪れるという意味で使われます。「夜明け烏」または「明け烏」は、夜が明ける頃に鳴く烏(カラス)のこと。
いつしかも この夜の明けむ うぐひすの 木伝ひ散らす 梅の花見む
ー『万葉集』より
初光(しょこう)
朝餉(あさげ)の匂いが恋しい、朝の光
夜が明け、ようやく差し込む朝の光のこと。どこからか朝餉(あさげ)を作る音や、いい匂いがしてきそうです。時間がゆっくりと感じられる穏やかな時間です。
小鳥は夜、眠っている間、止めていたので、囀りたくてむづむづしていた。
その第一声を朝の初光を受けた森の枝で挙げる。
生々した朝の音楽、軽音楽である。ー新居格『街の哲学』より
朝ぼらけ
穏やかな朝の光を感じさせてくれる優しい言葉
夜が明け、あたりが明るくなってくる頃。坂上是則(さかのうえのこれのり)は『古今和歌集』で「朝ぼらけ 有明の月と みるまでに 吉野の里に ふれる白雪」という歌を残し、夜が明ける頃の雪の白さを月明かりに見立てました。朝ぼらけとは、なんとも穏やかな朝の光を感じさせてくれる優しい印象の言葉ですね。
朝ぼらけ 有明の月と みるまでに 吉野の里に ふれる白雪
ー坂上是則『古今和歌集』より
朝ぼらけ 嵐の山の 寒ければ 散るもみぢ葉を 着ぬ人ぞなき
ー藤原公任『公任集』より
朝ぼらけ 紅葉の錦 見渡せば 霧こそ秋の 上着なりけれ
ー『殿上歌合』より
つとめて
冬はつとめて。冬は早朝が美しい
つとめては、夜が明けて間もない早朝のこと。とても美しい語感ですね。清少納言は『枕草子』の冒頭で「冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。 」と記し、冬は早朝がよい、と言いました。
冬はつとめて。
雪の降りたるは言ふべきにもあらず、
霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、
火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。
ー清少納言『枕草子』より
夕暮れ(ゆうぐれ)
秋は夕暮れが趣深く、美しい
日が暮れる頃。昼から夜へと移り変わる間の時間であり、空のグラデーションが美しく人々の心を奪います。清少納言は『枕草子』の中で「秋は夕暮れ」と表現し、秋は夕暮れが趣深いと述べています。虫の声が聞こえてくる秋の夕暮れは、どこか切なく美しいものですね。
秋は夕暮れ。
夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、
三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。
まいて、雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。
日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。
ー清少納言『枕草子』より
夕映(ゆうばえ)
万物を美しく照らし出す夕日の光
夕方の時刻、夕日の光を浴びて万物が美しく映えること。見事な夕日に出会うと、つい空ばかりを見上げてしまいますが、本当に美しいのは、夕日に照らされた山々や草花、湖、愛しい人の横顔かもしれません。
過ぎがてに 井手のわたりを 見わたせば 言はぬ色なる 花の夕映へ
ー『後鳥羽院御集』より
井手のわたり:山吹の花の名所
言はぬ色:くちなし色
たそがれ
「誰(た)そ彼は」。心象が時を表す美しい言葉に
綺麗な語感を持つ、「夕刻」をあらわす言葉です。その語源は「あの人は誰?」という意味の「誰(た)そ彼は」。夜が迫り薄暗くなってくる時間、向こうからやってくるあの人は誰だろう、という心象がそのまま時を表す言葉になりました。この時間帯に聞こえてくる鐘の音はどこか儚げで、それがまた美しくも感じられます。
風わたる たそがれ時に 匂ひきて 花橘に 名乗り顔なる
ー『正治初度百首』より
宵(よい)
夜の始まりを表現した言葉
日が暮れて間もない頃を「宵」と言います。「宵のうち」や「宵の口」とも。2007年までは気象庁が発表する天気予報でも使われていましたが、受け取る人により時間差がある、より具体的に、などいくつかの理由から別の表現に変えられることになりました。
宵は夜のはじまり。少しわくわくするような、少し恐ろしいような。
春宵一刻値千金
ー蘇軾『春夜』より
宵の明星(よいのみょうじょう)
宵の空に輝く、一番星
明の明星と対になる言葉で、宵の明星は日が沈んで間もない頃に見られる「金星」の呼び名です。暗くなりはじめた空に一番星を見つけたら、それは宵の明星であると思ってよいでしょう。月のそばで輝く宵の明星はことさら美しく、空で秘密のお話をしているようにも見えます。
夕星も 通ふ天道を いつまでか 仰ぎて待たむ 月人壮士
ー山上憶良
夕星:宵の明星
天道:天上の道
月人壮士:月
夜の帳(よるのとばり)
夜の闇に包まれていく様子を、帳にたとえた言葉
日が沈み、あたりが暗くなってゆく様子を、「帳(とばり)」にたとえています。帳とは、室内を区切り人の目を遮るための垂れ布のこと。夜の闇に包まれていくことを、垂れ布が下りる様子にたとえているのです。静かな夜の訪れを感じさせる言葉ですね。「夜の帳がおりる」のように使われることも。
夜の帳に ささめき尽きし 星の今を 下界の人の 鬢のほつれよ
ー与謝野晶子『みだれ髪』より
夜半(やはん)
人々が灯りを落とし、寝静まる夜中のこと
夜半とは夜中のこと。「やはん」「よわ」と、二つの読み方があります。「夜半(よわ)の月」と言えば、紫式部の「めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな」があります。夜半の月は特に秋の真夜中の月を指し、秋の季語として俳人に親しまれています。
めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな
ー紫式部『新古今和歌集』より
星きよき 夜半のうす雪 空晴れて 吹き通す風を 梢にぞ聞く
ー伏見院
夜更け(よふけ)
全てのものが静まり、星々が煌めく時間
夜更けとは深夜のこと。全てのものはしんと静まり返り、夜空には星々だけが煌めきます。「夜更かし」といえば、夜遅くまで起きていること。深夜はなにか自分だけの特別な時間のように感じられますが、健康のためにも、夜更かしはほどほどに。
さ夜更けば 出で来む月を 高山の 嶺の白雲 隠すらむかも
ー『万葉集』より
真夜中(まよなか)
下弦の月明かりがひっそりと輝く頃
真夜中は、夜のもっとも更けた頃。真夜中にひっそりとのぼる、下弦の月の月明かりがありがたく感じられます。ところで、怪談話は「草木も眠る、丑三つ時...」とはじまることがありますが、この丑三つ時は、現在の時間に直すと午前2時から午前2時半となります。真夜中は陰の妖気が強く、丑三つは方角に当てはめると鬼門だったことから、幽霊が出やすいと信じられていました。
平安時代、清少納言は『枕草子』の中で「夏は夜」と書き記しました。
街明かりのない時代、暗いからこそ月明かりや星明かりが美しく、蛍の光などもより愛しく感じられたのかもしれません。夜の闇はどこか恐ろしく、また同時に人を惹きつける魅力を持っているのかもしれません。
夏は夜。
月のころはさらなり。
闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。
また、 ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。
雨など降るもをかし。
ー清少納言『枕草子』より
いかがでしたか?明と宵の時間を趣深いものとして、大切に過ごすきっかけになれば嬉しく思います。
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