「日々を染める」展示
芹沢銈介(せりざわ・けいすけ、1895-1984)は民藝運動の染色家として知られています。人間国宝にもなり、故郷の静岡市には静岡市立芹沢銈介美術館が存在します。その美術館で今夏、「日々を染める―型染(かたぞめ)カレンダーの仕事」(2024年7月2日~9月23日)という展示がひらかれます。ネット検索でたまたま見つけたのですが、カレンダー愛好者にとっては一見の価値がありそうです。否、必見かもしれません。
型染カレンダー
芹沢銈介の型染カレンダーは12枚1組で、和紙に描かれています。カラフルで親しみやすく、月ごとの風情が感じられ、見ていて飽きることがありません。そこで、その理由を探ってみようと思い立ちました。まず、どの月をとっても同じパターンはありません。文字は漢字の「月」とアルファベットの月名(正規の英文名)・曜日(1文字の略字、古くは漢字も)ですが、フォントのように画一化されてはいません。日付の数字も同様に、似てはいても微妙に非なるものばかりです。そればかりか、月表のレイアウトも毎月異なり、色もデザインも多彩です。月表の周囲には月ごとの行事や民具、動植物や風景などが描き込まれています。しかし、全体の印象としてはいかにも芹沢風なのです。1980年版を例にとると、絵柄の題材はおよそ以下のようになります。
- 1月 鶴の文様をあしらった四角い和凧、奴凧、松竹梅
- 2月 梅の文様
- 3月 雛祭りの膳、ワイングラス、神酒口(みきのくち)付の御神酒
- 4月 チョウ
- 5月 紫陽花(アジサイ)、葵(アオイ)、藤(フジ)、菖蒲(アヤメ)
- 6月 大麦
- 7月 風鈴、金魚、ナスやスイカをあしらった扇子
- 8月 ヒョウタン
- 9月 トンボ、キリギリス
- 10月 菊
- 11月 滝、紅葉(もみじ)、松
- 12月 雪だるま、クリスマスツリー、雪国の防寒着、小犬、藁の雪ぐつ
「日々を染める」展示のチラシによると、戦争直後の1945(昭和20)年、東京の空襲で焼け出された芹沢は、寄寓先である駒場の日本民藝館で和紙に型染をしたカレンダーの制作を始めたそうです。当初は100部ほどでしたが、ほどなく人気が高まり、やがて国内外に1万セット(12万枚)を頒布するほどになったとのこと。さまざまな模様とアイデアが盛り込まれた型染カレンダーは、芹沢が没する1984(昭和59)年まで39年間にわたって制作が続けられました。没後にも復刻版が継続され、今年(2024年)のカレンダーまで79年間も途切れることはなかったそうです。
型染とは
静岡市立芹沢銈介美術館のホームページには型染(型絵染)について簡略な解説が載っています。それによると型染は古くから日本で行われてきた伝統的な染色技法です。渋紙を彫った型紙と、もち米を主原料とする防染糊を用いて布を染めるとのことです。とはいえ、沖縄の染物・紅型(びんがた)に出会ったことが芹沢の作風を決定づけたそうです。芹沢は非常に多作で創意にあふれた作品を次々に制作しました。カレンダーもそのひとつですが、着物、帯、のれん、屏風、額絵、絵本など、多岐にわたっています。
カレンダー・デザインとして芹沢の作品を凝視すると、ワンパターンを排した創意工夫がほどこされていて、どの月も個性にあふれています。文字・数字・絵柄が多様なだけでなく、署名も「せ」「セ」と「SERI. KEN」の3種類があります。平日は黒で日曜日は赤という常識も通用しません。大量生産が可能な印刷カレンダーでありながら、手仕事の民藝作品であるところに、はかりしれない魅力が潜んでいるのでしょう。かつて、芹沢の型染カレンダーをちりばめた屏風を見たことがあります。まさに民藝にふさわしい活用例であると深く感銘したことを思い出しました。
【参考文献】
中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)など多数。