定家様(ていかよう)
大手フォントメーカーの(株)モリサワは毎年ユニークな大判カレンダーをつくっています。これまではもっぱら中世の書家や歌人の書体をとりあげてきました。最近の例としては、2020年版の「伝 小野道風筆―ヨコ『継色紙』のかな」、2021年版の「伝 紀貫之筆『寸松庵色紙』のかな」、2022年の「麗しきかなと料紙―冷泉家の至宝」、それに2023年版の「定家様のかな――未来を紡ぐ文字」をあげることができます。最後の「定家様」は「ていかよう」と読み、藤原定家に連なる様式を意味しています。仮名(かな)に工夫を凝らし、読みやすく、書き間違いを少なくするために生み出された書き方だそうです。そのきわだった特徴のひとつは、下記に例示する「住吉の松」(3月の月表)のように、一つの文字のなかで一部の線を太くした字形にあります。それによって右肩上がりと続け書きをできるだけ少なくして、見るものに強いインパクトをあたえることを意図し、そうした筆法は現代のタイポグラフィーにも通ずると指摘しています。
モリサワカレンダーの大変身
モリサワカレンダーは、突然、上記の伝統を破るかのように2024年版では大変身をとげました。ひとことで言えば国風から国際的になりました。まずテーマがもうけられました。それも書体用語でもあるというJoint(接合、つなぐ)であり、それを自由に解釈して月表を制作することが求められました。12ヵ月の各月を担当したのは12ヵ国を代表するグラフィック・デザイナーやタイポグラファーでした。その出身地は日本、韓国、台湾、中国、タイ、レバノン、ウクライナ、デンマーク、フランス、イギリス、ブラジル、そしてアメリカでした。彼ら/彼女らが構想した思い思いの作品をすべて紹介するわけにはいきませんが、そのいくつかをとりあげることにしましょう。
Han Gao(中国)による4月
「漢字と数字が溶け合い、繫がっている」とか「カレンダーの『かたち』をポストモダンにアレンジしてみた」とのコメントが付いています。たしかに日にちの数字と曜日の漢字が合体しています。四月の漢字とAPRのアルファベットも2ヶ所で繫がっています。ひとつは右端の縦の列であり、もうひとつは中央の青い部分です。そして日曜日はピンクの丸で示されていますが、なぜか29日の「昭和の日」には祝日のマークは付いていません。
Anuthin Wongsunkakon(タイ)による5月
「28年周期で現れる、曜日が同一のカレンダー」で「それぞれの人が一生のうちにこれを三度経験する」とあります。2024年は、至近では1996年、さらに1968年、そして1940年と同一の曜日になっていることを表しています。28の3倍は84ですから平均寿命に相当するという計算でしょうか。この月表には、1940年と1968年、ならびに1996年の5月1日から5月31日までの出来事がそれぞれピンク、青、黄の地に白抜きで記されています。使用言語は英・独・仏などのヨーロッパ言語もあればタイ語をはじめとする東南アジア諸語もあり、それに中国語や日本語も加わっています。出来事をその地の言語でつないでいるという趣向です。5月の月名の表記も漢字、ハングル、タイ語、ベトナム語、英語などとなっています。
André Baldinger(フランス)による9月
時計の原理と「7日間のサイクルで見る原理」とを組み合わせ、それぞれの週は「12/24の位置にある日曜日から始まり、昼(太陽/黄色)と夜(宇宙/黒)の間の可視光線のスペクトルの色をつかっている」とのことです。円の中には月齢の表象も4つ(朔/上弦/満/下弦)挿入されていますが、20日のaと25日のcの意味は謎です。
DTP化に適応するフォント
印刷業界ではマッキントッシュに先導されてDTP (Desk Top Publishing)が普及しました。それにともないフォント(デジタル化した書体)のオープン化も促進されました。同時に、世界各地の諸言語に対応するフォントも次々に開発されました。そうした動向の片鱗がモリサワカレンダーの変化にもうかがえるようです。
中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)など多数。