記念日報道
記念日報道のことをカレンダー・ジャーナリズムと称することがあります。もっとも一般的なのは「8月ジャーナリズム」です。広島・長崎への原爆投下や15日の終戦記念日にあわせて戦争や平和についての報道が目立つからです。昨今では、それに加え「3月ジャーナリズム」が取り沙汰されています。2011年3月11日の東日本大震災に関連して災害・復興報道が急増するからです。両者はいずれも第二次世界大戦や東日本大震災の集団的記憶を風化させないための報道特集ですが、年中行事のような周期性をともなっていることから、マンネリ化を指摘する声も少なくありません。「毎年その時期だけは熱心に報道するが、後は忘れてしまう」といった皮肉や自嘲にもつながっています。カレンダー・ジャーナリズムは1990年代から使われるようになったそうですが、誰もカレンダー・ジャーナリストを自認する人はみあたりません。

英語ではアニバーサリー(周年記念日)・ジャーナリズムと言い、主要雑誌の周年特集号が集合記憶の保管庫(物質文化)として、アメリカ史の語りに文化的権威を与えるとともに、時には事件の重要度や報道機関の世界観を分析する際の指標にもなっています(※1)。他方、ミヤモト・モエ氏によるアニバーサリー・ジャーナリスムの分析によると、報道の優先度は被害の大きさや問題の客観的な位置づけで決まるのではなく、むしろ発生した国によることが指摘されています(※2)。つまり国や地域に偏りがあるということです。

記念日報道の特徴
カレンダー・ジャーナリズムの特徴は、マスコミ論の山口仁氏によると、4つにまとめられます(※3)。
- ① 量的傾向:報道量が特定の時期に集中する。
- ② 質的傾向:報道内容が画一化・定型化する。
- ③ 両面的な評価:否定的側面(画一化とそれに伴う多様性の排除)と肯定的側面(出来事の記憶・想起)
- ④ 次世代への体験・記憶・教訓の継承と活用
山口氏は8月と3月だけでなく、1月の阪神淡路大震災や6月の沖縄における慰霊の日なども検討しています。とはいえ、特定の時期に集中する傾向や画一化・定型化を打破することは意外に困難です。その理由のひとつとして、カレンダーの周期性が強固な壁となっていることは否めません。
カレンダーの周期性
カレンダーは年・月・日に加え週や旬の規則的な循環に依拠してつくられています。さらに六曜や二十四節気・七十二候の周期もあり、節句や記念日も毎年定期的にやってきます。カレンダー・ジャーナリズムがそこに不規則性を持ち込んだら、動揺が走ります。2月に原爆や終戦の話題を取り上げたら、読者は何事かと思うでしょう。建国記念の日との関連が取り沙汰されるかもしれません。記念日にふさわしい話題こそカレンダー・ジャーナリズムの真骨頂でしょう。卑下する必要はまったくありません。

カレンダー・ジャーナリストに期待する
カレンダーは将来のスケジュールをたてるとき、とりわけその有効性を発揮します。「未来の道しるべ」としての効用を忘れてはなりません。カレンダーは未来志向のメンタリティーにとっては強い味方です。あれこれ計画を立てたり、いろいろ戦略を練ったりするときに、カレンダーは不可欠です。ジャーナリストにとってもカレンダーを見ながら記念日報道の準備にいそしむことができるはずです。カレンダー・ジャーナリズムは人びとの集合記憶を歴史に残すための文化的権威でもあるのですから。カレンダー・ジャーナリストを標榜する、見識ある報道関係者の出現を願ってやみません。

〈注〉
(※1)Carolyn Kitch “Anniversary Journalism, Collective Memory, and the Cultural Authority to Tell the Story of the American Past” in The Journal of Popular Culture Vol. 36, Issue 1, 11 April 2003.
(※2)ミナモト・モエ「報道の歴史に残されない世界の出来事?」NEWS VIEW、2019年7月25日。
(※3)山口仁「カレンダー・ジャーナリズム批判の構築性に関する諸問題―「8月ジャーナリズム」論から「3月ジャーナリズム」を検討する」日本大学法学部新聞学研究所編『ジャーナリズム&メディア : 新聞学研究所紀要』(19)、2022年。

中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)など多数。