船行一年は二倍年暦では半年
前回のコラムをふまえ、二倍年暦の話を続けます。「魏志倭人伝」のなかに「又有裸国・黒歯国、復在其東南。船行一年可至。」(また裸国・黒歯国あり。またその東南にあり。船行1年にして至るべし)という記述があります。これは侏儒(しゅじゅ)国につづく記事です。古田武彦によれば、侏儒国とは「小人の国」であり、3世紀に九州に来た中国人が九州東岸廻りの航路をとった際、四国西南部において「いちじるしく背の低い種族が生活しているのを見た」と解釈されています。その真偽は考古学的にはまだ実証されていませんが、さらなる問題は裸国や黒歯国です。これも特定の国名ではなく、裸の人びとや黒い歯をもつ人びとが住む国のことを指し、船で行くとすれば1年かかると書いてあります。これは「倭人の知識」であり、この「1年」も倭人の数え方である二倍年暦にもとづけば、「半年」ということになります。
日本から船行半年でいける東南の地
日本から船行半年でたどり着くことのできる東南の地とはどこのことでしょうか。古田は「いったん海流に乗ずれば、必ずその地点に運ばれてゆく大陸」を想定していました。3世紀当時、アメリカ大陸で西部海岸沿いに文明圏を発達させていた地域を念頭に、太平洋をヨットでおよそ3ヵ月をかけて横断した堀江謙一氏らの実績も考慮しつつ、1970年10月16日刊の『ライフ』に掲載されたエクアドル西岸のバルディビア遺跡の記事を参照しながら、アメリカ大陸こそ船行半年の東南の地と考えました。
バルディビア遺跡はこれまで南米最古の土器文化とみなされてきました。そこではトウモロコシを栽培しながら採集・漁労・狩猟をおこなう人びとが暮らしていました。1-2期の土器は厚さが1cmほどあり、精巧に研磨され、線刻の文様と赤色の顔料による色づけを特徴としています。土器の出現は紀元前5,500年頃と考えられています。同遺跡の発掘は1956年からE.エストラーダ等がはじめ、アメリカのスミソニアン自然史博物館のB.メガーズとC.エヴァンズが加わりました。この3人はバルディビア土器と縄文土器の類似性から太平洋を横断する文化の伝播を仮説として提示しました。これが有名な「縄文-バルディビア仮説」です。メガーズとエヴァンズの共著論文(1966)は、土器の様式が縄文初期と中期のそれと類似していること等を指摘し、深海の漁労に通じていた南九州の漁民が台風の発生する海域で強い海流(黒潮)に乗って8,000海里の船旅の末、エクアドルにたどりついたのではないかと結論づけました。
最近の考古学的・遺伝学的研究でみるエクアドル
「縄文-バルディビア仮説」はかなり大胆な発想によるものです。考古学者の間ではおおかたの賛意を得るに至りませんでした。新旧両大陸の太平洋をはさむ直接接触の可能性は全面的には否定しがたいけれども、実証できる発掘事例がきわめて乏しいというジレンマをかかえていました。しかし最近、アメリカ、ロシア、日本の考古学者がチームを組んでバルディビアのレアル・アルト遺跡を精力的に発掘・調査するようになりました。注目すべき成果のひとつは、東アジアとの共通要素としてロクロ軸芯の存在が指摘されていることです。かつてメガーズらが貝製釣針の穿孔具(せんこうぐ)とみなした道具はロクロの軸芯として機能しており、東アジアの新石器時代に広くみられる道具とも共通しているというのです(鹿又 2021)。さらに、南米の先住民男性1000人以上の遺伝学的分析からも、中央・東・北東アジアとエクアドルで共通のハプログループの存在が指摘されています(鹿又 2021,Roewer et al. 2013)。ハプログループとは、単一の一塩基多型 (SNP) 変異をもつ共通祖先を有するところの、よく似たハプロタイプの集団のことを指します。それは語族の分布に近似し、移住した男性が在来集団の女性と子をもうける時、その子は男性(父親)の言語を話す傾向があること、ならびに支配的な男性が多くの子孫を独占的に残しやすい傾向があること関連しているため、男性が調査対象に選ばれるようです。ロウワー等の分析によると、上記地域のアジア人と北米(アラスカを除く)・中米の先住民とは実質的に無関係で、エクアドルの限定された地域でのみ共通性がみられるとのこと。したがって、6,000年くらい前におきた太平洋をはさむ海岸沿いないし大陸間の人びとの移動が想定されるというのです。考古学や遺伝学にうとい学徒としては研究を見まもるだけで、新たな進展に期待するほかありません。
【参考文献】
Meggers, B. J. and C. Evans(1966)A Transpacific Contact in 3000 B.C., Scientific American, vol. 214-1, pp. 28-35.
https://americaantigua.org/wp-content/uploads/2021/09/west007_resumen.pdf (鹿又喜隆(2021)「エクアドル沿岸部の土器出現前後の変化」 )
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3623769/ (Roewer L. et al. (2013) Continent-Wide Decoupling of Y-Chromosomal Genetic Variation from Language and Geography in Native South Americans)
中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)など多数。