二十四節気と「十六節気」
古代中国の二十四節気は1太陽年を24に分割し、太陽の影が一番長くなる冬至を起点に24分の1ずつ加えていくという方式をとっています。これは月の満ち欠けとは無関係な太陽暦とみなすことができます。同様に、新石器時代のヨーロッパには1太陽年を16に分けた太陽暦が存在したという説が近年、見直されています。いわば「十六節気」(sixteen-“month” solar calendar)ですが、新石器時代から初期青銅器時代にかけてのヨーロッパにはその痕跡が認められるというのです。
「十六節気」説をはじめて主張したのはイギリスのアレキサンダー・トムです(Thom 1967)。かれはオックスフォード大学で基礎工学の教授をつとめるかたわら、列石の数理統計処理をおこない、先史時代の巨石文化の遺跡から「十六節気」を導き出しました。しかし、伝統に固執する考古学界からはきびしく批判されるとともに、長らく等閑視され続けてきました。しかし近年、「時代遅れ」とみなさされたトム説の見直しがマッキーによってなされ、時代も地点も異なる3つの人工物―イギリスはブッシュバローの金製の菱形、ドイツのネブラ天穹盤、それにアイルランドのノウスの縁石―に注目しています(MacKie 2009)。以下、本稿では単なる紹介にとどめます。
ブッシュバローの菱形
ブッシュバロー(Bush Barrow)はストーンヘンジの南西約1kmに位置する青銅器時代の墳墓です。現在は高さ3.3m、直径10.5mの小さな墓ですが、埋葬されたのは長身で太っていた人物(族長)とされ、副葬品のなかには短剣や斧、棍棒とともに菱形をした金製の造形物が出土しました。とりわけ光り輝く菱形にはジグザグの線が刻まれ、多くの研究者がその謎解きに挑みました。
まず菱形の鋭角の角度は81°であり、北緯51°のブッシュバローにおける4000年前の夏至と冬至の日の出(=日の入り)の振幅であることが研究者たちの目をひきました。ひとつの解釈は菱形を扇に見立て、扇の要の点から水平の線上の先が春分/秋分の日の出/日の入りであり、上方に向かって夏至、下方に向かって冬至とみなしています。さらに夏至と春分/秋分を4分割し、春分/秋分と冬至も4分割しました。かくして太陽暦の1年は8つの季節に分割され、さらにそれら二至二分の中間点を求めると16分割になるという次第です。それが現代のケルトの祭における5月1日(メーデー)と8月1日(ラマス)、また11月11日(マルティンマス)と2月2日(キャンドルマス)に相当すると指摘しています。
ネブラ天穹盤
1999年に旧東ドイツのネブラ(Nebra)で盗掘された青銅器の天穹盤(sky disk)です。本コラム第8回でも取り上げましたが、ストーンヘンジとほぼおなじ北緯51°の地点に位置します。天空には太陽/満月と三日月、それにスバルを含む32個の星が金箔で配され、日の出と日の入りの振幅を示す金の縁取りがなされています。また下方には夜も航行するという「太陽の船」が描かれています。まさに携帯用の暦ですが、実用というよりは象徴的なものと推定されています。
ノウスの縁石
ノウス(Knowth)はアイルランドの東部、首都ダブリンの北方約50キロに位置し、高さ12m、直径67mほどの古墳のような墳墓はB.C.3200年頃のもので、今では世界遺産となっています。砂岩でできた127個の縁石のうち90個には模様が刻まれ、月や太陽の動きを表しているものが多数含まれています。とりわけ扇形の文様が刻まれたK15が刮目に値します。
中央の丸い穴は太陽で、そこから車輪のスポークのように19ないし20の光線が扇形に広がっています。その先に16個の長方形が刻まれており、それらが21日からなる太陽暦の16ヵ月を示すと解釈されています。21日×16月=336日ですが、残りの29日(閏年は30日)はダッシュのような線で1日が表されているというのです。トム説とノウスに関するマッキーの説では月・日の数え方に若干の相違はありますが、両者とも右上が春分を意味し、時計回りに夏(第1月~第8月)から冬(第9月~第16月)に移行します。夏が冬より3日ほど長いのは地球の公転軌道がやや楕円形であるとするトム説を証拠だてるものとみなされています。ただし、実物の縁石では左下の部分(第10月)が欠けていることが問題として残っています。なお、この縁石の周縁には三日月や満月と思われるマークも存在し、太陰太陽暦との関連が示唆されています。ちなみに、渦巻き紋はケルト文化に特徴的な文様です。
中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)など多数。