1582年のグレゴリオ暦への改暦後も、18世紀の半ばまで、3月25日を1年の始まりとするカレンダーがイタリアやイギリスでは使われていました。3月25日は聖母マリアのお告げの祝日。英語圏ではレイディーデー（Lady Day）とよばれる特別な日です。なぜならそれは大天使ガブリエルが聖母マリアに受胎告知をした日であり、その9ヵ月後（12月25日）のイエス誕生と結びつけられているからです。

ピサ新年とフィレンツェ新年

「ピサの斜塔」で有名なイタリア北部の地中海沿岸の町ピサ。ガリレオ・ガリレイの生誕地であり、かれが斜塔で万有引力の実験をしたことはよく知られています。そのピサでは今でもピサ新年（Capodanno Pisano）が3月25日をはさんで祝われています。ピサの東方約60kmに位置するフィレンツェでも、太鼓に先導された歴史行列が町を練り歩きます。こちらもフィレンツェ新年、あるいはフィレンツェ様式というカレンダーに由来する行事です。このようにトスカーナ地方では現在でも1年に2回、1月1日と3月25日に新年を祝っているのです。

歴史的には1750年までトスカーナ大公国では3月25日がグレゴリオ暦の新年開始日でした。しかも、ピサでは大聖堂の窓から差し込む光（日時計）によって判断していました。その残照があたかも今日の行事にまで受け継がれているかのようです。

レイディーデー

同様に、イングランド、ウェールズ、アイルランド、また植民地時代のアメリカでも、1752年までは元日は3月25日のレイディーデーでした。この年、ユリウス暦からグレゴリオ暦への改暦に踏み切り、まず新年の開始日を3月25日から1月1日に変更しました。次いで9月に11日分をカレンダーから削除しました。もっともスコットランドではすでに1月1日への変更を1600年に済ませていましたが、グレゴリオ暦への全面改暦は1752年まで待たねばなりませんでした。イギリス国教会はローマ・カトリック教会に対抗し、改暦を160年以上も延ばしていたからです。

日本の旧暦と新暦のように、イギリスでは1750年のカレンダー法で旧式（Old Style, O. S.）と新式（New Style, N. S.）の暦を区別しました。そのため、新式以前の1月1日から3月24日のあいだの日付は1661／62のような年表記になりました。二重の日付（dual dating）とよばれる所以です。

たとえば、アメリカの第3代大統領トマス・ジェファソンの墓碑銘はBorn April 2. 1743. O. S. Died July 4. 1826と刻まれています。初代大統領のジョージ・ワシントンの誕生日は旧式では1731／32年2月11日でしたが、新式に換算して1732年2月22日となり、その誕生記念日が1880年にアメリカの連邦祝日になりました（注１）。

受胎告知の日と復活祭が重なると

イギリスでは受胎告知の日と復活祭が重なると不吉な1年になると言われてきました。たとえば、1554年にはプロテスタントを弾圧し、血なまぐさい（bloody）と形容されたメアリー女王（注２）がカトリックのスペイン国王と結婚しました。また1649年には清教徒革命の渦中でカトリックの国王チャールズ1世が処刑されています。そのため、かの地では両者が重なる年には災難に遭遇しないよう用心していたとのことです。

直近では2035年3月25日に復活祭がめぐってきます。カトリック教会では受胎告知の日を翌日にずらして対応するようですが、上記のようなジンクスに人びとはどう対処するのでしょうか。