年度始めはなぜ4月?
グレゴリオ暦の暦年は1月1日から12月31日までの12ヵ月ですが、日本には4月はじまりの会計年度や学年暦があります。役所や会社の異動は4月1日が通例ですし、入学式や入社式も通常、4月に入ってすぐにおこなわれます。しかし、明治以前は律令以来、ずっと暦年一本でやってきました。では、明治新政府はなぜ4月を会計年度のはじまりとしたのでしょうか。
その理由のひとつに、当時の先進国イギリスにならったという説があります。イギリスは1752年にグレゴリオ暦を採用しましたが、それ以前はユリウス暦の固定化された春分である3月25日を年初としていました。それにあわせて、当時の商習慣では年明けの1週間までに支払いを済ませればよかったのです。しかし、改暦でいきなり1月1日に変更するわけにもいかず、4月1日はじまり3月31日おわりの決済に切り替えたといわれています。
かたや、明治初頭の会計年度は揺れ動いていました。当初は江戸の習慣を引き継ぎ、旧暦1月~旧暦12月でしたが、1869年から新米の収穫にあわせて旧暦10月~旧暦9月となりました。1873年の改暦の時も新暦の1月~12月に変更されましたが、1875年の地租改正にあわせて7月~6月制が導入されています。ところが、松方デフレの時に財政赤字を補てんするため、1885年度の酒造税を前倒しで1884年度に繰り入れてしまいました。そのため、酒造税の第一期納期である4月にあわせざるをえなくなったといわれています。実際には1886年の会計年度から4月~3月制が施行され、1889年からは市町村も、1890年からは道府県も追従することになりました。こちらのほうがイギリス・モデル説よりも切実で説得力があります。
入学式はなぜ4月?
ところで、学年暦のほうはどうでしょうか。1872年に学制が公布され、翌年の改暦以降は新暦&満年齢が公式に採用されました。しかし、満6歳児童の小学校入学の時期は4月もあれば9月もあり、後者のほうが多かったようです。そして会計年度の施行にともない、4月入学が推奨されますが、制度化されたのは1900年からです。ちなみに、旧制高校は1919年から、帝国大学は1921年からです。
以上のように、会計年度や学年暦は紆余曲折を経ながら4月~3月に定着していったことがわかります。そしてソメイヨシノの桜が咲く時期に「同期の桜」があたらしい縁を結ぶようになりました。学校や職場の新入生や新人が一斉に入学・就職するため、ライバルでありかつ仲間でもあるという関係が築かれたのです。
世界の年度はじめ
諸外国では会計年度のはじまりはどうなっているのでしょうか。イギリスを宗主国としていた国々では4月が多いようですが、オーストラリアは7月開始です。ニュージーランドの場合、政府は7月、企業は4月です。ドイツやフランスは1月ですが、アメリカやタイは10月です。イスラーム圏ではエジプトやパキスタンは7月開始、イランはイラン太陽暦にあわせて3月21日の春分が暦年でも会計年度でも初日となっています。
4月に始まるカレンダー
では、印刷されたカレンダーで会計年度や学年暦にあわせたものはどうなっているのでしょうか。学年暦カレンダーは以前ちらほら見かけましたが、HPからダウンロードするものに変わりつつあります。会社で年度暦を発行するところは希有です。行政のゴミだしカレンダーに年度暦がありましたが、これもめずらしい例です。カレンダー業者が制作する4月はじまりのものも多くはありません。業界大手の新日本カレンダーでも壁掛けと卓上がそれぞれ1点あるのみです。学校や塾向けに多少の需要があるからです。
変わり種としては、ジャニーズ・カレンダーがあります。これはすべて4月はじまりです。小中学生が主な購買者なので、新学期に合わせてつくられます。カレンダーにはグループのものもあれば、個々のメンバーのものもあります。卓上カレンダーとムックがセットになった箱入りの高級品もあります。ムックをみると国民の祝日以外には、クリスマスイヴ、クリスマス、大晦日、バレンタインデー、ホワイトデーしか見当たりません――唯一の例外を除いては。それは、メンバー全員のそれぞれの誕生日が載っていることです。
【参考文献】
拙稿「現代の暦文化」岡田芳朗ほか編『暦の大事典』朝倉書店、2014年、434—435頁。
中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)など多数。