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初穂と月見からみる9月|民俗学と楽しむ年中行事

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私たちの暮らしには、季節ごとに様々な年中行事が根づいています。民俗学的には、古来より日本では年中行事を通して、不思議な「ちから」を補ってきたと考えられています。今回は、関西学院大学社会学部教授・島村恭則先生に、9月のならわしについて、紐解いていただきました。

ケの日、ハレの日

昔の人は、人知を超えた不思議なちから、霊力が世の中には存在していて、それが「よいこと」をもたらしてくれると考えていました。霊力は毎日の生活の中で段々弱まってくると考えられ、年中行事やハレの日は、こうした霊力を補う機会としての役割を果たしてきました。

異界の存在に触れ、山に入って行ったり海に入って行ったりして、異界の霊力をもらうことで、ちからを充填し、日常に戻っていくのです。それは人間の認知的センス・思い込みとも言えるものですが、上手に活用することで、今を生きる私たちも、そこから日々の暮らし方や生き方のヒントを汲み取ることができます。

旧暦と年中行事

今では年中行事は新暦に合わせて行われることが多くなっていますが、本来は旧暦で考えた方が分かりやすいもの。それというのも、年中行事は月の満ち欠けに合わせて行われていたことが多かったからです。

実りを待つ月

旧暦8月は、秋の年中行事が本格的に始まる時期です。旧暦8月から11月にかけての行事は、ほとんどが収穫に関わっています。春は、人間が力を補う年中行事を多く取り上げましたが、秋に力を受け取るのは、田畑の作物です。農耕社会においては、稲や芋が無事に実り、収穫できることが何より大切でした。作物の実りが最優先だったのです。

旧暦8月は、稲作でいえば「初穂」の時期であり、また十五夜の月見を中心に、畑作、とりわけ里芋の収穫祭が行われる時期でもありました。ここでは、八朔、十五夜、月見、里芋などを手がかりに、旧暦八月にまつわる行事とその意味を読み解きます。

「収穫」に向かう秋の年中行事

秋は、作物の実りの進行具合に合わせ、収穫へ向かって段階ごとに年中行事が行われていたのです。
稲作の場合、収穫は「初穂」と「刈り上げ」の大きく二つの段階に分けられます。「初穂」は、稲穂が出始めたものの、まだ中身は未熟な状態、「刈り上げ」は、稲が完熟し、刈り取れる状態のことを指します。

旧暦八月は、このうち「初穂」の段階に深く関わります。「初穂」は、実りの始まりです。しかしこの時点では、米粒の中身はまだ空に近く、これから養分が送り込まれ、乳状のものが固まり、やがて米となっていきます。この成熟にはおよそ40日ほどかかります。

この期間は、稲のお腹の中で米粒を育てている、稲が妊娠しているとみなされていました。台風が来ないか、虫がつかないか、風で倒れないか、無事に米粒が育つか。まるで胎内で子を育てるかのように、稲が穂の中で米を育てていると考えられていました。そのため村全体が、妊婦をいたわるように静寂に保つ必要があったとされました。作物が無事に「生まれる」よう、人間は神経を使って静かにしていたのです。

八朔と初穂

旧暦8月1日は「八朔」と呼ばれます。「朔」は1日を意味するため、八朔とは8月1日のことです。この日は、初穂にまつわる行事が行われていました。地域によっては、この日に稲の最初の穂である「初穂」を刈り、神前に供えたり、柱や大黒柱などに掛けたりします。これを「穂掛け祭り」などと呼びます。

ただし「初穂」とは単に、最初に取れた新鮮なものを神に捧げるというものではありませんでした。現代では、神社に納める金銭を「初穂料」と呼ぶこともあり、初穂は「初物に感謝して供える」という説明をされがちです。しかし本来は、完熟前の未熟な穂を神に供え、「ここまで来ました。どうかこの先、無事に実りますように」と祈る儀礼でした。神が欲しているのは、未熟な初物ではなく、無事に成熟した作物です。初穂を供えるのは、成熟までの40日間を守ってもらうための祈りだったのです。

初穂にまつわる行事は「八朔」だけではなく、地域によって異なる時期に行われていました。旧暦8月1日に行うところもあれば、8月15日の夜に行うところ、さらに旧暦9月9日に行うところもあります。これは稲の生育時期が地域によって異なるためです。東日本では比較的早く、西日本では遅い傾向にあります。

稲の実りを守る、風祭り・虫送り・カカシ

稲の穂が出てから成熟していくまでの期間、村では稲が胎内で米を育てているという感覚のもと、風や虫、鳥などの害から作物を守るための行事が行われました。

風祭りは、台風や嵐を鎮めるための祈りです。旧暦8月から9月にかけては、稲が実る大切な時期であると同時に、風害を受けやすい季節でもあります。強風で稲が倒れれば、収穫は大きく損なわれます。そのため、風をなだめ、鎮めるための儀礼が重んじられました。

虫送りも同じ流れの中にあります。たいまつを持って田の畦道を歩き、害虫を村の外へ送り出す。場合によっては、たいまつを川に投げ込み、虫を流すような形をとります。これは虫を追う実用的行為であると同時に、稲の成熟を邪魔するものを異界へ追い出すという儀礼でもありました。

この時期に登場するものに、カカシもあります。カカシは八朔の頃、つまり初穂の時期から田に立てられることが多く、稲が成熟するまでの40日間、田を守る存在でした。
カカシの語源は、「嗅がし(=嗅がせる)」にあるとされます。もともとは人形ではなく、髪の毛を焼いた臭いや、嫌な臭いを発するものを田に置き、鳥や虫を遠ざけるものでした。それがやがて人形化し、田を守る存在としての意味合いを帯びていきます。後世には、カカシが田の神と重ねられるようにもなりました。秋になって収穫が終わると、カカシを田から上げ、庭先や土間に迎え、餅や大根などを供える「カカシ上げ」が行われる地域もあります。これはスズメ除けとして働いてくれたことへの感謝であると同時に、カカシを田の神のように扱う意識の表れでもあります。

沖縄の稲作儀礼を見ると、実りに向けた、この時期の行事の連続性がよくわかります。沖縄では稲の生育が本土より早く、旧暦5月に初穂の祭り、旧暦6月に刈り上げの祭りが行われました。その間、村人は静かに過ごし、神役の女性たちは聖地に籠もって祈り続けました。もともとは一か月近く祈り続ける構造があったと考えられます。
本土では、こうした連続した緊張感は行事の上では見えにくくなっています。しかし、八朔から刈り上げまでの40日間を、稲の「妊娠期間」として見ると、秋の行事の意味が一気につながってきます。風祭りも虫送りも、単独の行事ではなく、成熟を妨げるものを遠ざけるための一貫したものだったのです。

十五夜と中国江南「越」の文化

旧暦八月十五日は、十五夜、中秋の名月として知られています。今日では、月を眺め、団子やススキを供える風流な行事として理解されることが多いですが、民間の十五夜には、畑の収穫祭という側面が強くありました。

特に重要なのが里芋です。旧暦8月15日の夜は「芋名月」とも呼ばれ、里芋を供える地域が多くあります。宮崎や鹿児島、また中部地方などでも、十五夜に里芋を供える習俗が見られました。ザルや台の上に里芋を盛り、ススキを飾って月に供える。これは単なる月見ではなく、里芋の収穫を祝う祭りでした。

八朔が稲の初穂にまつわるものであるのに対し、十五夜は畑作、とくに芋の実りと結びついています。地域によっては、十五夜に稲の初穂儀礼を行う場合もありますが、多くの場合、十五夜には里芋を中心とした畑作の収穫祭としての意味があったのです。

十五夜に里芋を供える風習は、日本だけで独自に発達したものではなく、中国南部、特に長江以南の江南地域との関係が指摘されています。中国南部には、正月や中秋に里芋を食べたり供えたりする習俗があります。この背景には、中国東南部の「越」という地域の文化がありました。長江の南にいた越の人々は、漢民族とは異なる文化を持ち、稲作と同時に畑作も行っており、その中に里芋栽培も含まれていたと考えられています。

中国から日本に伝わったのは、単なる稲作だけではなかったようです。稲作を中心としながらも、里芋などの畑作を含む複合的な農耕文化が伝わっていた可能性が指摘されています。十五夜に里芋を供える風習は、その文化的痕跡の一つと見ることができます。

一方、中国の宮廷や文人の世界では、十五夜は名月を鑑賞し、詩を詠む風雅な行事として発達しました。もともと江南地域にあった八月十五夜の収穫祭的文化が、上層文化に取り込まれ、月見の美学へと変換されたものと考えられます。

日本でも同じように、二つの十五夜文化が重なっています。一つは、民間に伝わる里芋を供える収穫祭としての十五夜。もう一つは、平安貴族の宮廷における、名月鑑賞としての十五夜です。今日の月見は、この二つが重なり合ったものなのです。

月見泥棒

十五夜には、供えた里芋や団子を子どもたちが取っていく「月見泥棒」という習俗もありました。これは単なるいたずらではなく、神が供え物を受け取ったと見なす行為でした。
月に供えた芋や団子がなくなる。それは、月の神、あるいは神聖な存在が供物を持っていったとみなされました。そのため、子どもが供え物を取ることは、むしろ歓迎されました。子どもは神の代理のような存在だったのです。

現代でも愛知県や三重県などでは、月見泥棒が形を変えて残っています。家の前に菓子を置き、子どもたちがそれを持っていくという、ハロウィンに似た行事として行われている地域もあります。

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『現代民俗学入門 身近な風習の秘密を解き明かす』
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島村恭則

民俗学者・関西学院大学社会学部長 教授
東京都杉並区生まれ。兵庫県西宮市在住。好きな季節は、沖縄の「うりずん」。3月下旬から4月下旬にかけての一年でもっとも爽やかな季節のこと。著書に『これからの時代を生き抜くための民俗学入門』(辰巳出版)、『昔話の民俗学入門』(創元社)などがある。

暦生活編集部

日本の季節を楽しむ暮らし「暦生活」。暮らしのなかにある、季節の行事や旬のものを学びながら、毎日お届けしています。日常の季節感を切り取る #暦生活写真部 での投稿も募集中。暦生活の輪を少しずつ広げていきたいと思います。

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