平野さんに会いに、八ヶ岳南麓へ
3年前から暦生活で「手づくり二十四節気」を連載いただいているイラストレーター・エッセイストの平野恵理子さん。3月のある日、まだ少し肌寒い頃、平野恵理子さんに会いに八ヶ岳南麓へ行ってきました。平野さん流「季節を楽しむコツ」や、山での暮らしのことを聞いてきました。
八ヶ岳南麓へ
名古屋から特急しなの、あずさと乗り継いで山梨県の小淵沢駅を目指します。初めて行く場所、初めて会う人。緊張を紛らわすために、今日の段取りを確認したり、平野さんの著書『五十八歳、山の家で猫と暮らす(亜紀書房)』を読んだり、時々車窓からの眺めを楽しみながら、時間を過ごしました。
平野さんは、イラストレーター・エッセイスト。たくさんの著書があり、「暦生活」を始めた時にもいくつか買ってきて参考にしました。3年前にサイトをリニューアルした際にダメ元でお声かけして、暦生活での連載を快く引き受けていただいてから、平野さんとのご縁が始まりました。
平野さんと待ち合わせをした小淵沢駅に着くと、旧暦でお祝いされている雛人形と雛飾りがお出迎え。とても華やかで、たくさんの方が写真を撮っていました。そして、目の前には南アルプス。窓越しでしたが、初めて見るその山々の雄大さに圧倒されました。
「目印に赤い帽子をかぶっていきます」と言われていたので、赤い帽子を頼りに平野さんと無事に初対面。思っていた通りとても柔らかな印象の方で、なんだかほっとしました。今日は平野さんのお家にお邪魔することになっていたので、駅から15分ほど山道をドライブ。車の中でもとてもたのしくおしゃべりができました。
初めて会う人と話すのは緊張して苦手なのですが、なぜか平野さんとはあまり緊張しませんでした。
平野さんのお家にて、季節のお話
平野さんのお家に到着。平野さんの山での暮らしのことは『五十八歳、山の家で猫と暮らす(亜紀書房)』で繰り返し読んでいたので、どんなところだろうなあと、自分の想像と答え合わせをするような感じでとても楽しみにしていました。
平野さんのお家は、かわいい山奥のロッジという印象。小鳥の声が聞こえ、部屋には綺麗な光が差込み、平野さんのお気に入りの植物と家具に囲まれて…。とても居心地がよくて、すぐに平野さんのお家が好きになってしまいました。かわいいお茶菓子もいただいて、早くも心はリラックスモード。
なんだかジブリの世界に入り込んだみたいだなあと思いました。
平野さんのお家には、当たり前のように日めくりカレンダーがかけられていて、とても収まりがよく、似合っているなあ、と思いました。その中のひとつに、暦生活の『月と暦日めくり』が。青い台紙はどこかへいっていたけれど、めくったページはかわいらしいカンカンに入れて保管してくれていました。わあ〜嬉しいです。とここでもちょっと盛り上がり。
ボイスメモを準備して、平野さんと季節のお話を。
平野さんがこの家に住み始めてから、今年で7年目になるそうです。40年前にご両親が購入され、今は猫のドレミちゃんと共に穏やかな日々を過ごしています。
「最初は、一年だけ住んでみよう、季節の巡りをワンシーズン見てみたい、ということで移り住みましたが、1年では庭仕事もままならない。気づけば2年目、3年目…と過ぎてゆき、今は居心地もよく、仕事も前と変わらずにできていることから、この場所に落ち着いています。ただ、この先もここにいるかは分からない。刹那で生きているので(笑)。」
移り住まれてから最初の一年半は電動自転車で買い出しに行かれていたそうですが、"冬の寒さに陥落し"ついに車の免許を取るため教習所に通うように。ちょっとした買い物は車でひとっとびだけども、平野さんは自称"Amazon信者"で、欲しいものはAmazonですぐに検索する、という意外な一面もあるのだとか。
ここに移り住む前は、20年ほど都心で生活し、近所の家の庭に植えてある木々や花々から季節感を楽しんでいたと平野さん。でも山の家に住んでからは、季節を「感じる」というより、季節の「直撃」をくらっているのだそう。
「感じるって、ちょっと距離感があるよね。でもここは直撃ですから(笑)。夏には虫が大量発生し、冬には40cmの積雪があり、外の水は当然凍る。でも、緑の季節はまさにグリーンウォール。こちらまで緑に染まりそうでなんとも心地いい。雪が降った日は景色が一変し、とても美しい。そんな日は、完全装備をしてお散歩に出かけるの。その時にしか見られない季節の贈り物。」
虫の話を掘り下げると、ちょっと熱の入る平野さん。
「カマドウマっているでしょ。最初は変わった名前だなあ、って思っていたのね。それが本当によく出てきて。しかもね、ぴょーんって跳ねるの。外に出ていると、知らない間に大きなナナフシがくっついているし。クモなんかそこら中にいるからね。でもね。カマドウマもナナフシもクモも怖いけれど、もちろん憎んでいるわけではない。虫も鳥も、ずっとここにいて、お邪魔させてもらっているのは人間の方。よろしくね、という気持ち。だから、決してやっつけはしない。基本逃がすスタイルなの。」
平野さんの一番好きな季節は、(強いて言うなら)夏。どの季節も好きだけれど、やっぱり夏が面白い。ということでした。忙しいけれど活動的で、花が咲き木も元気。冬から準備をして、春に芽が出てきて、5月頃に爆発するように咲きだす。なんとなく、夏を待っている。
「たとえ庭仕事が間に合っていなくても、花たちは律儀に毎年決まった季節に出てきてくれる。花は真面目だなあ、と。」
「自然と寄り添う暮らしには、大変なことももちろんあるけれど、それも味わい。嫌だったら無理に住むこともない。その大変さを面白がって、逆に自分のものにしていけばいい。」そう平野さんは笑って言います。
平野さんに季節を楽しむコツを聞いてみると、「日めくりを使うこと。」と返ってきました。30代の頃から買うようになった、と平野さん。
「日めくりにはたくさんの情報が載っていて、すごくシステマチック。二十四節気や満月の情報は、すぐに暮らしに直結はしないかもしれないけれど、知っているだけでも違う。今日はこんな日なんだあ、と朝顔を洗いながらめくるのも面白い。あの花買おうかなあ、あのお菓子作ろうかなあ、と楽しみが生まれてくる。昔の人も、『今日はお餅を食べる日だぞ』と楽しみにしていたはず。そういうのが繋がって面白い。」
でもひとつだけ不満があります。と。
「日めくりに載っている干支の動物の絵、前はちょっとクラシックで怖い絵だったじゃない?あれが良かったの。今はちょっとポップかな。日めくりって、黒光している花瓶の横にあったり、畳の部屋にあるようなクラシックな世界だから。そこが魅力だと思うから。」
「でも、日めくり、ずっと作り続けてね。日めくりがないと1日が始まらないの。」
ちょっとひと休み
ここでちょっとひと休み。美味しい豆があるの。とコーヒーとケーキをご馳走になりました。平野さんがコーヒーを淹れてくれている間に、録音のチェック。もう2時間近く話しているけれど、平野さんとのおしゃべりは本当に楽しい。ヒントがたくさん散らばっているようで、丁寧に拾い集めたくなる。
コーヒーは本当に美味しかったです。誇張でも忖度でもなくて、今まで飲んだ中で一番美味しい。平野さんの家で飲むからなのか、やっぱり豆がいいからなのか。お店の名前と銘柄を聞いて、急いでメモ。
キッチンの引き出しから、連載「手づくり二十四節気」で書いてくださったすりこ木を出して見せていただきました。「これはすごくいいよお。大きくて重くて、すぐにすれる。重さが大切なんだって分かったの。」コラムに出てきたものを実際に見ると、ちょっと感動。
お話のつづきと、最後に
季節の暮らしで得たものを、平野さんに聞いてみました。
「それはね、季節が巡ることの喜びを感じられるようになったこと。
こちらが頼まないのに、季節は毎年ちゃんと巡ってくれる。それがありがたい。春が来たら冬の寒さも忘れちゃうし、買ってあった服が着られる、と心も弾む。待っていた季節の楽しみが始められる。」
「夏が好きだから、秋の空気をふっと感じると、『行かないでえ〜』と思う。でもそう言いながらも、秋が来たことを嬉しいとも感じている。色鉛筆でどの色が好き?と聞かれても困るように、どの季節にもそれぞれの良さがあり、季節が巡って繰り返して、そのどれも飽きがこない。」
「暦生活の連載『手づくり二十四節気』でも、そんな、季節の巡りを感じとる楽しさを伝えられたら。二十四節気は約2週間で変わっていくでしょ。期間としてはとてもいいサイクルだよね。そのサイクル、巡りを感じるだけで豊かな気持ちになっていくし、それが習慣になっていくと、感じ取り方が分かってくる。季節を自分で豊かに面白く、自分なりに感じられるようになってくる。」
「『手づくり二十四節気』で手づくりしているものは、どこでも手に入る、どのお家にも置いてある材料を使って、1時間以内でつくれるものを目指している。良い1時間になりますようにと願いを込めながら。子どもさんと一緒につくるのも楽しいだろうし、どんなに下手っぴでも、自分でつくったものは愛着が湧いて大事に使える。それが日常で使えるものならなおさらだよね。自分なりにアレンジしたりして、とにかく楽しんでいただけると嬉しい。」
ドレミちゃんとご挨拶
お話がひと段落したところで、ドレミちゃんと初対面。ドレミちゃんは、6歳の女の子。屋根裏部屋でのんびりくつろいでいたところを起こされて、ちょっとだけご機嫌ななめでしたが、なんとか挨拶をさせてもらいました。
じつは、この家に移り住む一番のきっかけはドレミちゃんだったそう。山の家に移り住む前は、横浜の自宅と行ったり来たりされていたそうですが、ドレミちゃんを置いていけなくて、それなら一緒に移り住んじゃそう!ということになったのだとか。
ドレミちゃんは、言うまでもなく平野さんの大切な家族。
私はドレミちゃんの奴隷なの。と笑いながらおっしゃっていましたが、本当に愛情を持って、2人で暮らしていることが伝わってきました。
「一人でここにいるよりも、猫がいてよかった。話はできないけれど、おはよう、さむいね。と声をかけると、心あたたまるんです。」
屋根裏部屋からは南アルプスが見え、仕事が捗りそうな作業机が置かれていました。そして、周りにはたくさんの本。小説や花の図鑑に資料集。隠れ家のようで、ちょぴり心躍る空間でした。テーブルの上には、デコレーションされたティッシュ箱が。コラム「手づくり二十四節気」で、平野さんが作られていたもの。
ドレミちゃんにお礼を言って下に降りると、窓の外には小鳥がやってきていて、ストーブの上ではやかんがお湯を沸かしていました。
平野さんのお庭へ
最後に、平野さんのお庭を見せていただくことに。お母様から引き継いだ、大切なお庭。どの草花も、平野さんの愛情をたっぷり受けてすくすく生長しています。周りはとても静かで、時折キツツキが木をつつく音が聞こえるだけ。「季節を楽しむ暮らし」が、ちゃんとここにはあるような気がしました。
咲き始めたクロッカスや、アジサイの芽を見ていると、とてもかわいらしくて愛おしい。夏のお庭もとても美しいだろうけれど、「これから花開いていくのだ」という静かな力強さを感じました。そんなことを思いながら見つめていると、自然とちゃんと向き合えている、とも感じました。
落ち葉を踏みしめながら裏庭に回ると、"勝手に生えてきた"というホオノキが芽をつけていました。夏には、大きくなる葉を使って「朴葉すし」を作るそうです。酢飯にスモークサーモンと新しょうが、みょうがを置いて朴葉でくるみます。若い朴葉の香りとともにいただく平野さんの朴葉すし。想像しただけで、豊かな気持ちになります。そしてお腹も空いてくる。
帰りは道の駅に連れて行っていただき、家族と職場へのお土産を買って帰りました。小淵沢駅まで送っていただき、感謝と別れを告げて頭を下げた時、「あっ、そうだそうだ。」と言って、車の後部座席から、道の駅でこっそり買ってくれていたたくさんのお土産を手渡されました。「帰りの電車で食べてね。」とすぐ食べられるスナック菓子まで。平野さんの心遣いと優しさに、心があたたかくなりました。
平野さんのお庭は、今どんな様子なのかな。きっと、色とりどりの美しい花々に彩られていることと思います。また機会があれば行きたいな。そして、平野さんとお話がしたい。そんなふうに、また行きたいなと思える場所がひとつ増えて、小さな幸せを感じるのでした。
平野恵理子さんの連載「手づくり二十四節気」
立春から大寒まで。二十四節気の流れに合わせて、その時々の季節を楽しむための「手づくり」できるいいものをご紹介します。平野さんのかわいいイラストもお楽しみにください。
おすすめの著書
『手づくり二十四節気』
立春から始まり、大寒で締め括られる二十四節気に沿って、それぞれの季節に合った「手づくりできる、いいもの」をご紹介します。平野さんならではの、ほっとするかわいいイラストとともにゆるりと暦のうつろいをお楽しみください。
『五十八歳、山の家で猫と暮らす』
大変さや不便さがセットでついてくる山暮らし。ですが、小さなトラブルもなんのその。暮らしを楽しむエッセンスだと発想を変え、ユーモアをまじえて立ち向かう平野さんの姿に元気をもらいます。
『草木愛しや、花の折々』
道ばたに咲く野花から、お店に並ぶ花まで。平野さんは幼い頃から近所や旅先で、たくさんの花に出会ってきました。そんな花の名前を教えてくれたのは、平野さんの母でした。