オーストリアの農民暦は300年以上の歴史をもつロングセラーです。アメリカの農民暦もそれには太刀打ちできません。「古い農民暦」とか「マンデル(小さい男)暦」と呼ばれており、同国南部のシュタイアーマルク州に位置するグラーツの出版社で1706年から発行されてきました。今でも毎年30万部が刊行されています。その暦には18世紀における農村地域の生活風景が描写されているだけでなく、年間の行事予定や天候予測が盛り込まれ、現代の生活指針としても機能していることは驚異的です。
表紙のデザインと記載事項
表紙には素朴なタッチで3人の農夫が描かれ、その頭上には太陽と月、それに左右7個ずつの星が輝いています。星にはさまれているのは、バーベンベルク家の公爵帽と赤白赤の楯です。3人の農夫には名前がついていて、左側はヤコブ、真ん中がトマス、右側がミカエルです。ヤコブはシャベル、トマスは草刈り鎌、ミカエルは脱穀用のフレイル(唐竿)をそれぞれ手にしていますが、シュタイアーマルク州の上・中・下の三地域と関係しているとも言われていますそれによると、シャベルは南部に広がるブドウ畑で使う道具であり、草刈り鎌は北部の牧草地と畜産を象徴し、フレイルは中部における穀物の生産を意味しているそうです。

表紙にはさらに当該年が平年であるか閏年であるか、また支配惑星(太陽、月を含む)、ゴールデン・ナンバー、エパクト(太陽年と太陰年の日数差)等々に加え、日月食の日付と春夏秋冬の開始日についての情報が掲載されています。
月表の構成
月表に目を転じると、黄道十二宮の絵画が飛び込んできます。1月は水瓶座で、男が水瓶を左手にもち、右手をあげています。背景には主人に食事を運ぶ召使いと、ストーブに背にテーブルに座る主人が描かれています。以下、残り11ヵ月については画題を列記するにとどめます。

- 2月 魚座 暖炉にあたる主人(左)、木の束を運ぶ召使い(右)
- 3月 牡羊座 シャベルをもつ農夫(左)、木を掃除する男の子(右)
- 4月 牡牛座 バターをかき混ぜる農婦(左)、種をまく農夫(右)
- 5月 双子座 舟に乗る男女3名(左)、水浴びをするこども2名(右)
- 6月 蟹座 袋をかつぎ杖をついて町を歩く男性(左)、農村の民家と木(菩提樹?)(左)
- 7月 獅子座 草刈用の熊手をもつ農婦(左)、草刈用の大鎌をもつ農夫(右)
- 8月 乙女座 木陰に座り大きな杯をもつ男性(左)、穀物を鎌で刈る農夫(右)
- 9月 天秤座 収穫を終えた畑(左)、2匹の狩猟犬を従えた猟師(右)
- 10月 蠍座 ワインプレスを踏む女性(左)、手漉き紙を運ぶ男性(右)
- 11月 射手座 羊毛を毛羽立てている女性(左)、房を棒でほぐすか伸ばしている女性(右)
- 12月 山羊座 屠殺する男性(左)、水を湧かす女性(右)
記号と表象
絵の下には日にちに合わせてお日柄の情報が図示されています。記号と表象が駆使されているのは識字率とも関係しているかもしれません。それを読み説くには記号とその意味との対応表が必要となります。それは12月の月表のあとに付いています。まず記号には3種類あり、月齢とその日が何であるか、そして天候予測です。月齢は新月、上弦、満月、下弦の4つです。続いて日曜日、休日、仕事日、断食日(灰の水曜日、聖金曜日)の記号が来ます。ちなみに、天気予測は以下のように配されています。


カトリック教会の聖人についても特徴的なイラストが描かれています。たとえばローマ時代の迫害で殉教した聖セバスチャンの身体には矢が刺さっています(1月20日)。聖アグネスは子羊を抱いていますが、ラテン語で子羊を意味するアグヌスが近似しているからです(1月21日)。ちなみに、マンドルという名称の由来も聖人・聖女たちが小さく描かれているからだそうです。

【参考文献】
ヨーゼフ・クライナー 2017「オーストリア共和国」中牧弘允編『世界の暦文化事典』丸善出版。

中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)など多数。