大阪・関西万博が開幕して1ヵ月半が過ぎました。一般来場者数は1ヵ月半で約580万人だそうです。ゲートやパビリオンの予約の複雑さが問題になっていますが、広い意味ではこれもカレンダーに関わる話題と言えましょう。なぜなら「並ばない万博」をめざし、デジタル化を推進した結果生じた問題群だからです。とはいえ、予約なしでも入場できるアメリカ館やフランス館には長蛇の列ができています。

万博のイベント・カレンダー
万博とカレンダーとの直接の関係でいえばやはりイベント・カレンダーに注目せざるをえません。紙媒体では公式ガイドブックや雑誌の特集にも掲載されていますが、ネット上にアップされたものがもっとも便利にちがいありません。そこを見るとEXPOナショナルデーホールをはじめEXPOホール、EXPOメッセ、EXPOアリーナ、東西のギャラリーなどで多彩なイベントが目白押しです。ためしに季節感をかもしだしているイベントを探してみると、大阪ウィークが浮上しました。大阪ウィークは春・夏・秋の3回に分かれ、「春の陣」では5月9日、10日にだんじり・やぐら・太鼓台が披露されました。7月末の「真夏の陣」では大阪の盆踊りが大集合する予定です。9月の「秋の陣」では音楽ステージがメーンとなるようです。他方、ナショナルデーは当該国のお国柄を披露する特別の日です。オーストリアのウィーン少年合唱団など、世界各国のラインアップには興味がそそられます。

市販の万博カレンダー
紙媒体のカレンダーもないわけではありません。万博の公式キャラクター「ミャクミャク」をあしらったカレンダーがいくつか存在するからです。たとえば、大阪・関西万博2025と銘打った卓上カレンダー&ボールペンがそのひとつです。しかし、表紙にミャクミャクが一人あしらわれているだけで面白さに欠けます。ミャクミャクがにぎやかに6人登場いているアクリル製の万年カレンダーもネットで売られています。

暦文協オリジナルカレンダー
日本カレンダー暦文化振興協会(暦文協)が発行した2025年版オリジナルカレンダーはこれまでの万博で作成された紙媒体のカレンダーをとりあげ、解説を加えています。わたし自身が直接担当したものですが、ここでは70年万博を例にいくつかの特徴を指摘するにとどめます。まず万国博覧会協会は1970年の大阪万博に向けて、1967年版からすでに海外の参加国の誘致をめざしてカレンダーを作成していました。つまり、プロモーション用のメディアとしてカレンダーを活用していたのです。当初は英仏2ヵ国語で、2年次からは英語のみとなりましたが、国宝級の文化財をカラー写真で紹介していました。海外向けであるため、日曜と平日は赤と黒で色分けされていましたが、日本の祝日はマークされていませんでした。外務省も英語で1969年版の卓上カレンダーを発行していました。こちらは会場となる大阪を紹介するもので、大阪港や御堂筋、文楽や天神祭などをとりあげていました。
民間でもナショナル店会のイベント・カレンダーやダイヤモンドガソリンのカード型カレンダーが万博開催時に作られました。いずれも広告を目的とし、前者では「万国博をパナカラーで見よう!!」という宣伝があり、後者では6ヵ月分のカレンダーが3色―赤字は晴(快晴・晴)、緑は曇、青は雨(小雨・雨・雪)―で表示され、それを参考に楽しいドライブプランをおつくりくださいと、ガソリンの消費を促しています。

今回の万博では博覧会協会も外務省も、また民間企業においても、カレンダーを作成して広報や宣伝に使った形跡は認められません。新聞でも折り込み広告にカレンダーを使用した例は今のところないようです。カレンダーと万博の関係はおおきく様がわりした、と言うほかありません。

中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)など多数。