暦と歴の語源
漢字の「暦」と「歴」はともに「れき」と読み、厂(がんだれ)と林(ならべる)を共通にしていますが、本来は木ではなく禾(のぎ)、すなわち厤でした。これは建物のなかに穀物を貯蔵している状態をあらわしています。そこに「日」をくわえたのが暦であり、「止(足)」をつけたのが歴です。つまり、穀類の貯蔵日を記録したのが暦であり、その歩みをしめしたのが歴となります。
歴には「経る、過ぎる、通る、行く」という意味のほか、履歴や歴代のように「すでに経過した事柄」を指すこともあります。あえて言えば、過去の事象が歴にかかわります。他方、暦のほうは天文自然現象を年月日などの数字であらわすことに特徴があります。とりわけ未来の運勢予測に暦は役立てられています。このように歴は過去、暦は未来にかかわるという、おおまかな区別が可能です。
暦と歴-古代中国と古代オリエント
しかし、実態としての歴と暦の関係はそれほど単純ではなく、相互依存もみられました。たとえば古代中国における暦は、「正朔を奉じる」とか「観象授時」に代表されるように王朝や帝王と結びつき、統治の必須要件として太陰太陽暦の天文暦数を発達させることになりました。また、暦注を付けた具注暦の形式をとり、日時の吉凶禍福を示しています。一方、史書のほうも商王朝の文書記録や周王朝の青銅碑文をはじめ、年月日を必要とし、孔子に仮託される『書経』や司馬遷の『史記』につながっていきました。
古代オリエントやエジプトに目を転ずると、メソポタミアの都市国家や王朝では太陰太陽暦、イランやエジプトでは太陽暦が独自の紀年法にもとづいて使用されていました。恒星シリウスの出現にもとづくエジプトのシリウス暦もありました。メソポタミアでは行政経済文書や年代記、あるいは神話や英雄譚がはやくから粘土板文書や碑文などに書かれ、月名が記されています。また王名表や王朝表、あるいは年名表(統治の各年を示す名前)やリンム表(1年交代で在職する役人の名前)も残されています。金星や日食・月食の記録もありました。神話的な歴史物語としては『ギルガメシュ叙事詩』や『旧約聖書』が有名ですが、ともに洪水神話に言及しています。さらに後者の「創世記」には天地創造が6日でなされ、7日目に神は安息をとったことが記されています。
通書とアルマナック
時代はくだり、暦ではあっても、暦以外のさまざまな情報を掲載する書物が洋の東西を問わず出現します。その典型が通書とアルマナックです。通書とは「非公式な暦様の製作物」を意味し、国家からは黙認・容認、あるいは禁止されていました。中国では暦が国家公認のものであるのに対し、通書は占星術にもとづく大衆的な暦様の出版物でした。そのため王朝の暦を「大暦」、庶民の通書を「小暦」と呼んで区別していました。しかしながら、「小暦」は取り締まりの網をかいくぐり、唐代には手書きのものに交じって印刷された通書が一般に流布するようになり、元代になると通書の日選び表が逆に公用暦に採用されるほどでした。
西洋のアルマナックのほうも暦を中心に庶民的な生活百科事典のような体裁をとっています。アルマナックで有名なのはベンジャミン・フランクリンの「貧しいリチャードの暦」です。現在でもアメリカには「農民暦」が広く使われていますが、いずれも暦にあたる単語はアルマナックです。フランクリンの活躍したペンシルヴァニア州には「ペンシルヴァニア・アルマナック」と称する大部の本があり、歴史、政府、自然資源、レクリエーション、商業、人々、教育、芸術&文化、農業、天候といった章を立てています。物産市など各種イベントの開催期間なども載っていて、たしかに暦の痕跡は残していますが、聖人の日や祝日などの記載がある通常のカレンダーはどこにもみあたりません。
暦と歴の共存
未来の歴史を予測する「暦」、過去の歴史を記述する「歴」といった区別は、有効ではあっても万能ではありません。仲良く共存する場合があるからです。藤原道長の『御堂関白記(みどうかんぱくき)』はその好例であり、具注暦の余白に日々の出来事が23年間にわたって書き込まれました。とりわけ朝廷の儀式や政治・社会事情の描写が数多く含まれ、歴史家にとっては貴重な一次資料となりました。かくして同書は後世、子孫にとっては先例となり、現代では史的価値をもつ国宝にも指定されるようになりました。暦あっての歴史、歴史あっての暦という、相互依存の典型と言えるでしょう。

中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)など多数。