ネパールとビクラム暦
前回のベンガル暦に続いて取り上げるのはビクラム暦です。前者がもっぱらバングラデシュやインドの西ベンガル州で使われている暦であるのに対し、後者はおもにネパールと北インドの生活に根ざしている暦です。ネパールはインドの北に位置し、ヒマラヤ山脈を境にチベットと国境を接しています。ネパールは植民地化されることなく、2008年まではヒンドゥー教を国教とする王国でしたが、マオイスト(共産党毛沢東派)による武装闘争を経て、王制が廃され、現在では連邦民主共和国になっています。人口は3000万人ほどでヒマラヤ登山の玄関口として知られています。
ネパールはインドとチベットの影響が強い地域ですが、グルカ王朝が君臨した240年間、ヒンドゥー教とカースト制を統治の有力手段としていたため、ヒンドゥー教の色彩が強く、公式の暦もヒンドゥー系のビクラム暦です。ビクラム暦はB. C. 57年を紀元とする太陰太陽暦です。といっても、基本は1年12ヵ月の太陽暦であることが特徴で、ネパールで公式に採用されたのはビクラム暦1961年(西暦1904年4月)でした。
ビクラム暦2074年第1月のカレンダー
本カレンダーはビクラム暦第1月の月表です。その上段には2074というネパール語(デーヴァナーガリー文字)の数字が中央に陣取り、2017 A. D.の表示は小さく右端に置かれています。西暦2017年のビクラム暦元日は西暦4月14日ですが、アラビア数字の日付は右下の隅に追いやられています。
このようにネパールでは西暦はビクラム暦の陰に隠れ、外国人と接する観光業などで用いられるにすぎないようです。また、土曜日だけが休日であることも、右端の縦にならぶ赤い数字からわかります。実際、土曜日が祝日と重なっても振替休日とはなりません。とはいえ、公休日自体がきわめて多いことが特徴です。南真木人氏によると、ビクラム暦2064年(西暦2006~2007年)には新年、メーデー、仏陀生誕祭など全国共通の公休日は22日を数え、対象や地域を限定した「準公休日」ともよべる休日が19も存在していました(南 2008)。
ビクラム暦のもうひとつの特徴は月齢(ティティ)の白分と黒分という区別があることです。これが太陰暦でもあるとされる所以です。白分は新月から満月に向かう半月、黒分は満月から新月に向かう半月のことです。本カレンダーでは、新月は黒地に白抜き文字の楕円形で表示されています(西暦4月26日)。他方、ビクラム暦の1月27日(西暦5月10日)は満月の日で、仏陀の生誕を祝うブッダ・ジャヤンティ祭の祝日です。
そして暦の下段には黄道十二宮の星占いが載っていますが、最上段右隅の人物がこれらを占った占星術師です。つまり、占星術師がつくった暦なのです。そのため、占星術師によって暦日が微妙に異なるという事態もまま生じているようです。その理由は、星宿や吉祥の解釈が微妙に違い、その結果、余日や欠日にずれが生じるからです。余日と欠日は太陽暦と太陰暦のひと月の日数のちがいを調整するために設けられた日付です。つまり、ふつうは30日であるところ、余日は「大きな月」(31日~32日)に、欠日は「小さな月」(29日)に発生します。
ちなみに、本年(2026年)のビクラム暦新年は3月19日(木曜日)です。この日からビクラム暦2083年が始まっています。
ネパール暦、シャカ暦、チベット暦
ネパールの公式の暦はビクラム暦ですが、そのほかにも民族のちがいによって各種の暦が併用して使われています。たとえば、ネパール暦とは西暦879年を紀元とする暦で、カトマンズ盆地に暮らすネワール人にとっては伝統的な暦です。シャカ暦(サカ暦)は西暦78年のシャリバハーン・シャカ王の戴冠を紀元とする暦です。おもに南インドで使われています。他方、シェルパのようなチベット系民族は余日と欠日、十干と十二支を組み込んだチベット暦を使用しています。これは60年周期(ラプチュン年)の暦で、西暦1027年から第●●ラプチュン年のように数えますが、直線的な紀元はとくにありません。インドと中国の暦法が混合した太陰太陽暦です。

中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書に『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)、『こよみの学校』全5巻(つくばね舎)、編書に『世界の暦文化事典』(丸善出版)など多数。