「最近、ちゃんと眠れていますか?」
こう聞かれると、多くの人は何時間寝たかを思い浮かべると思います。6時間しか眠れなかった。夜中に3回起きた。寝つくまで1時間かかった。朝5時に目が覚めてしまった。
もちろん、どれも大切な情報です。でも睡眠の相談を受けていると、もうひとつ気になることがあります。
それは「眠れないことを、どれくらい気にしているか」です。
眠れない夜に時計を見て、「あと5時間しかない」。しばらくしてまた見て、「もう4時間半しかない」。そうやって睡眠時間を計算すればするほど、頭はどんどん冴えていきます。
少し変な話ですが、眠ろうと頑張るほど眠れなくなることがあるんです。
睡眠は“すること”ではなく“起こること”
歩く、食べる、話す。こうした行動は、自分の意思で始められます。でも睡眠は違います。
「よし、今から眠ろう」と決めても、その瞬間に眠ることはできません。
現代の睡眠医学では、慢性的な不眠に対して認知行動療法(CBT-I)が重要な治療法とされています。その中でも大切にされているのが、寝床を眠れずに苦しむ場所にしないことです。
眠れないまま長い時間布団の中で粘っていると、脳が寝床と「覚醒」「焦り」を結びつけてしまうことがあります。そうなっているときは、眠気がないときはいったん寝床を離れ、眠くなってから戻るというのを繰り返す。こうして寝床と睡眠をもう一度結び直していきます。
中医学にも、少し通じる考えがあります。
中医学では、昼は陽が盛んになり、夜になるにつれて陰が優位になって、人は静かな状態へ向かうと考えます。眠りとは、力ずくで体を止めることではなく、活動していたものが少しずつ内へ収まっていく時間です。
だから私は、眠れない人ほど寝ようとしすぎなくていいと思っています。
目標を眠るから、静かに休むに変えてみるだけでも、夜の緊張は少し変わります。
睡眠は、夜ではなく朝から始まっている
睡眠の改善というと、どうしても夜ばかり気になります。
寝る前に何を飲むか。何を食べるか。どんな香りがいいか。
でも実は、夜の眠りは朝から作られています。
朝起きて光を浴び、日中に活動し、夜になると光や活動量を減らしていく。この一日の変化が、体内時計や睡眠・覚醒のリズムを整える手がかりになります。
そして最近は、何時間眠ったかだけではなく、毎日の睡眠・覚醒リズムの規則性も注目されています。6万人を超える人の睡眠を客観的に調べた研究でも、睡眠時間とは別に、睡眠の規則性が健康と関連することが報告されています。
だから、眠れなかった翌朝に取り返そうと昼近くまで寝ることを繰り返すより、できる範囲で普段の起床リズムを大きく崩さないことが大切です。
一晩の点数を上げるより、一週間のリズムを整えるように考えてみてください。睡眠は今日一日ではなく、少し長い目で見たほうがいいんです。
温めるよりも、その後に熱を逃がす
冷えた足を温めると眠りやすいと聞いたことがあるかもしれません。これは単に、温かくて気持ちがいいから、だけではないようです。人は眠りに入るころ、手足などの末梢の血流が増え、体の熱を外へ逃がして、体の中心部の温度を下げていきます。つまり眠りに大切なのは、ずっと温め続けることではなく、一度温まったあとに、きちんと熱を逃がせることなんです。
就寝1〜2時間前の入浴やシャワーが入眠を助ける可能性については、複数の研究をまとめた解析でも報告されています。
ですから、冷えが気になる人は、布団の中でひたすら熱くするより、少し前に入浴して体を温め、寝るころには自然に熱が抜けていく環境をつくるほうが理にかなっています。
中医学的にいえば、夜は陽をどんどん足す時間というより、日中外へ向かっていた活動を静かに収めていく時間です。温めれば温めるほど眠れるわけではありません。
眠れない人は「目元」を温めてみる
寝る前に目の周囲を温めると、入眠までの時間が短くなったという報告があります。不眠がある人を含む小規模な研究では、目元の加温によって足の皮膚温が上がり、体の熱を末梢から逃がす反応との関連が示されています。
まだこれをすれば不眠が治ると言えるほど確立した方法ではありませんが、寝る前の養生としては面白い選択肢です。
蒸しタオルなどで目元を心地よい程度に温めるのもいいでしょう。うちの奥さんも市販の目を温める温熱シートを使うと「気づくと寝ている」って言っています。
目元を温めるとスマホも見られなくなりますね。もしかすると、こちらの効果のほうも大きいかもしれません。
夜は「小さく」していく
僕がおすすめしたいのは、寝る直前に何か特別なことをするより、夜をだんだん小さくすることです。
照明を間接照明にして暗めにする。テレビは早めに消す。仕事の返信は明日に回す。難しいことを考えない。スマホを見る時間を減らす。家の中を動き回る量も少し減らす。
全部いきなりやめなくていいんです。
10から0にするのではなく、10、8、6、4……と、夜が深くなるにつれて刺激を小さくしていくよう意識してみてください。
中医学で考える陰陽も、本来はパチンと切り替わるものではありません。夕方から夜へ、陽が少しずつ衰えて陰が増えていく。その自然の変化に生活を合わせていきます。
寝る直前まで仕事をして、強い光を見て、動画を見て笑って、布団に入った瞬間にはい、睡眠というのは、体からすれば、少々無茶な注文なんですよね。
「眠れたか」より「眠れる体だったか」
睡眠の調子が悪いと、私たちはつい何かを足そうとします。
睡眠によい食べ物、飲み物、サプリ、香り、枕、寝具。
もちろん役立つものもあります。でも、睡眠には引き算の養生も必要です。
夜の光を少し減らす。予定を減らす。考える量を減らす。時計を見る回数を減らす。そして絶対に眠らなければという力みも少し減らしてみる。
眠れなかった一晩だけを切り取って、自分の睡眠を失敗と決めなくても大丈夫です。朝になったら光を入れ、昼は活動し、夕方から少しずつ静かになり、夜を小さくしていきましょう。
睡眠は、夜だけの出来事ではありません。一日の過ごし方の最後に、自然にやってくるものです。
だからどうすれば眠れるかと考えるだけではなく、今日は眠れるような一日だったかなと考えてみるのも良いかもしれません。
その視点を持つだけでも、睡眠との付き合い方は少し変わると思います。
なお、眠れない状態が長く続く、日中の生活に大きな支障がある、強いいびきや睡眠中の呼吸停止を指摘される、脚の不快感で眠れないといった場合は、生活上の工夫だけで済ませず、医療機関に相談してください。

櫻井大典
国際中医専門員・漢方専門家
北海道出身。好きな季節は、雪がふる冬。真っ白な世界、匂いも音も感じない世界が好きです。冬は雪があったほうが好きです。SNSにて日々発信される優しくわかりやすい養生情報は、これまでの漢方のイメージを払拭し、老若男女を問わず人気に。著書『まいにち漢方 体と心をいたわる365のコツ』 (ナツメ社)、『つぶやき養生』(幻冬舎)など。
