サツキとメイの由来
長編アニメ『となりのトトロ』(宮崎駿監督、1988年)の主人公はサツキとメイという姉妹です。長女のサツキは12歳で小学校6年生、次女のメイは4歳という設定ですが、名前の由来はいずれも5月にかかわります。サツキは皐月からきていますし、メイは英語のMayを意味します。
月名からついた名前
月名を名前にする習慣は弥生(3月)にもみられますし、五月男(さつお)というような命名もあります。英語の月名には神名や人名に由来するものがあり、June(6月、ジューン)はローマ神話のユピテルの妻ユノからきています。したがって、女性の名前かと思っていましたが、男女共用のようです。男性の場合、ジューンのほかにもJunius、Junious、Juniorが使われています。命名ランキングによると、女性のジューンは1925年に39位までのぼりましたが、次第に人気に陰りがみえ、1986年には1000位から脱落しました。他方、男性のジューンは1922年の697位を頂点に下降し、1939年にはすでにトップ1000から消え去りました。
偉人・暦からついた名前
他方、ムスリムネームにはムハンマド(預言者)とその妻アーイシャなど人名に由来するものもあれば、アッラー(神)の99の聖名からとられたものもあります。驚いたことに、暦月をそのまま命名する場合があり、最近、わたしはイスタンブールでラマダーン氏に会いました。かれは断食月に生まれたので、そう名付けられたと、わたしのカメラにむかって、卓上カレンダーでラマダーン明けの西暦7月の頁を開いてポーズをとってくれました。
日本では?
日本では名字(苗字、姓)に月名が転用されることはめずらしくありません。五月女(さおとめ)はひとつの例ですが、五月雨(さつきあめ、さみだれ)とか五月晴(さつきばれ)、五月蠅(うるさ、うるさく)という方もおられるようです。正月、睦月、如月、卯月、皐月、水無月、文月、長月、霜月は名字にも使われていることを確認しました。かわったところでは、閏月(うるうづき)という姓もあります。
月日が姓名となることもあるようです。四月朔日を「わたぬき」と読むのは綿入れの着物から綿を抜くからで、八月朔日を「ほづみ」というのは稲の新穂を積むことに由来するそうです。八月一五日が「なかあき」であるのは旧暦の中秋をさすからです。五月七日がなぜ「つゆり」かについては水無瀬(みなせ)殿の昔話や「梅雨入り」説などありますが、栗花落と書いて「つゆり」と読む場合もあり、水無月や梅雨などの季節に起因することだけは確かなようです。
曜日さんも!
ところで、曜日と書いて「かがひ」と読む例が大分県にあります。曜日蒼龍という浄土真宗の僧侶がハワイ開教を志し、帰国後、本山と物議をかもした事件がありました。かれは自坊の檀家に移民がいたため、1889年、ハワイにわたり、精神的慰安をあたえようとしました。そして本山に海外布教に着手するよう進言したのです。しかし、仏陀とキリスト教の神を同一視したこともあって、受け入れられませんでした。日本宗教の海外布教について調査していたわたしは、40年近く前に曜日蒼龍に遭遇したのですが、まさかカレンダー研究で再会するとは思いもよりませんでした。
ミャンマーの命名法
曜日といえば、ミャンマー(ビルマ人)の命名法に言及しないわけにはいきません。なぜなら、誕生日の曜日にふさわしい名前がつけられるからです。たとえば、月曜日生まれの者にはアルファベット1段目のKa、Hka、Ga、Gha、Ngaの1文字をもとにした音節ではじまる名前―Kaung(よい)とかKhin(愛する)―がつけられます。さらに水曜日だけは、誕生が午前か午後かによって異なります。
日本の姓名が干支や春夏秋冬のみならず、日付とも深い関係にあり、また海外の姓名にも曜日や暦月にちなんだものがあります。姓名や命名は文化によって異なりますが、それぞれの文化を解読する一つのカギになることはまちがいありません。
【 参考文献 】
アジア経済研究所企画『第三世界の姓名―人の名前と文化』明石書店、1994年。
荒木良造『姓名の研究』第一書房、1982年復刻。
中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)など多数。