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第70回 現存する世界最古の「暦」

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世界最古の暦

 暦法の成立という観点からいうと古代のメソポタミア、エジプト、それに中国の殷などがもっとも古いとかんがえられています。いずれも古代文明の栄えた地域です。メソポタミアではBC3000年紀に都市国家ごとに太陰太陽暦をもっていました。エジプトではナイル川の氾濫やシリウス(おおいぬ坐のα星)の出現を目安に太陽暦(シリウス暦)を使用し、BC2900年頃には1年を365日とする暦ができ、標準民間暦として定着しました。他方、BC1600年代にはじまる殷では六十干支を刻んだ甲骨文が多数出土しています。閏月を入れる太陰太陽暦も次第に整えられていきました。

 しかし、人類はもっと古くから、月や太陽、あるいは星を観察して、ある種の暦を使っていました。旧石器時代の遺物のなかにはトナカイの角に刻み目をつけたものがあるし、13,000年前のクロマニヨン人が残したワシの骨にもひと月をあらわしたような刻み目がついています。これを暦と断定することはできませんが、われわれが使っている暦と何らかの関連がありそうです。

「時間測定装置(time-reckoner)」

 最近、年月日や週、旬、季節をしめす暦という意味ではなく、「時間測定装置」(time-reckoner)と言い換えて時間認識と関連づける議論がうまれています。そうした論文のひとつによると、スコットランドの北東部に1万年前の「時間測定装置」があったことを考古学者たちが報告しています。そのころは中石器時代です。スコットランドでは狩猟や漁労、採集が盛んにおこなわれていて、まだ農耕ははじまっていません。それにもかかわらず暦のような「時間測定装置」があったというのです。

 遺跡はアバディーンシャーのウォーレンフィールドにあり、1976年の航空写真によって発見されました。ほぼ一列に並んだ穴の存在が確認され、2005年に一部の発掘調査がおこなわれました。穴は12あり、一番大きな穴に隣接して小さい穴が3個ならんでいます。中央部分の比較的大きな穴には柱を立てた痕跡があり、両端には小さい穴が並んでいます。12の穴の全長は60mほどです。つまり、中央の比較的大きな穴が5つ、左右にそれぞれ4つの穴と3つの穴があり、合計12を数えます。

 これを考古学者たちは「時間測定装置」とかんがえました。中央部分の5つの穴は満月の前後に対応し、左右は新月と上弦/下弦のあいだの期間に相当するとみなしました。また、山の稜線にあがる日の出との関係を知る装置とも考えました。

世界最古の根拠は?

 CGを駆使したネット上では、BC8000年の1年間における太陽の黄道や月の軌跡を再現した映像を見ることができます。しかも、12の穴(柱)の位置と関連づけられていて、冬至や夏至との関係も理解することができます。

 ウォーレンフィールドは白樺などが繁る地域ですが、冬になると葉が落ち見通しもよく、近くを流れる川では魚類も豊富にとれたと考えられています。

 スコットランドの北東部には似たような遺跡もあり、また後世になると石のストーン・サークルがイギリスの各地につくられていきます。もっとも有名なのはストーンヘンジ(第10回参照)ですが、ほぼ1列に並んだ12の穴はそれにつながる装置ではないかと推測されているのです。

 環状列石や環状列柱はもとより、列状の12穴も「時間測定装置」として機能していたことは十分に考えられることであり、現存する「最古」と銘打っても許容の範囲かと思います。

【参考文献】
Vincent Gaffney et al.“Time and a Place: A luni-solar 'time-reckoner' from 8th millennium BC Scotland ” Internet Archaeology 34.

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中牧弘允

文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)など多数。

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