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二月堂お水取り

暦とならわし 2025.03.12

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まだまだ寒い日が続きますが、少しずつ日差しがあたたかくなりましたね。
奈良県では、3月12日の夜から東大寺の二月堂で「お水取り」がはじまります。

「お水取りが終わると奈良に春が訪れる」

この時期になると、決まってこんな言葉を耳にします。
初めて聞いたとき、「お水取りってなに?なぜ終わったら春が来るの?」と分からないことばかりでした。情報を集めていくとどうやらお水取りとは、東大寺の二月堂で行われる1270年以上一度も絶えず続けられてきた伝統行事のことをいうそう。正式には「修二会(しゅにえ)」と呼ばれ、3月1日から14日まで2週間にわたって11人の僧侶(練行衆)が旧年の罪を懺悔し、新年の国家の平安や豊穣を祈る行事だということがわかりました。
そして12日の深夜には、本尊に供えるお香水(こうずい)を汲み上げる行事があることから「お水取り」の名がついたのだそう。

うーん、説明だけ聞くとなんだかお堅い儀式みたい...。

百聞は一見にしかず。とりあえず体験してみようと思い、まずはこの期間に毎晩行われ、一般公開される「お松明(たいまつ)」を見に行ってみました。

お松明とは、長さ7mほどの燃えさかる大松明を担いで、二月堂を駆け抜ける行事。僧侶(練行衆)が夜の行をはじめるときに、手伝いをする童子(どうじ)と呼ばれる僧たちがいます。その童子が、松明で暗い階段や廊下を照らしたのが始まりだといわれています。

私が初めてお松明を見たのは、2020年でした。
当時は新型コロナウイルスの感染拡大で、修二会を開催するかどうか直前まで危ぶまれている状況でしたが、コロナ退散の願いも込め、厳重な感染症対策のもとで行われることになった年でした。

私が見に行ったのは、ちょうど雲ひとつない満月の夜でした。

東大寺の二月堂へ行くまでの道のりは暗くて、足元を照らしながら向かいました。東大寺南大門の金剛力士像がぼんやりと暗闇に浮かび上がって、妙にこわかったのを思い出します。
二月堂に到着するとお堂の下に、たくさんの観衆がいました。
みんなマスクをしていて、「密にならないように」と何度もアナウンスが流れていました。

こうして静かにはじまったお松明。

満月の明かりの下、大きな松明が二月堂へとゆっくり上がっていきます。お堂に着くと、ダッダッダッと童子が走る音が鳴り響き、欄干から突き出た松明から火の粉がこぼれ落ちます。火の粉を浴びると健康に過ごせるといわれているので、近くにいる人たちは両手を広げて御利益を授かっていました。

写真提供:高根恭子

実は、このお松明を見ているときの当時の私の心境は、不安でいっぱいでした。

感染拡大が止まらない中で「これからどうなるんだろう」という気持ちを抱えながら悶々とした日々を過ごしていました。そんな中で僧侶が松明を掲げる姿を見て、びっくりしました。後でテレビの特集を見て分かったことなのですが、非公開の部分ではさらに厳しい行が行われていました。お堂の中で僧侶たちは、お経を唱え続け、ひたすら走り回り、壁に何度も身体を打ちつけていました。想像以上に肉体と精神を捧げていて、これらはすべて「私たちの代わりにしている」ことだと分かったとき、ふっと背中を押してもらったような感覚になりました。自分の進むべき道を示してもらったようで、終わったあともしばらく呆然と立ち尽くしていたように思います。

写真提供:高根恭子

そうしてお水取りが終わるのを合図に、奈良に少しずつ、春がやってきました。
花が咲き、鳥のさえずりが聴こえるようになり、一枚一枚上着を脱いでいく。
夏、秋、冬と季節はめぐり、またお水取りの時期になり、春がやって来る。

毎年当たり前のように季節がめぐる背景には、2週間祈り続ける人たちがいるということを、私は毎年お水取りに教えてもらっているような気がします。

今年もまた、感謝と祈りの気持ちを込めて。
僧侶たちが二月堂を駆け抜ける姿を見守りたいと思います。

〈参考〉

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高根恭子

うつわ屋 店主・ライター
神奈川県出身、2019年に奈良市へ移住。
好きな季節は、春。梅や桜が咲いて外を散歩するのが楽しくなることと、誕生日が3月なので、毎年春を迎えることがうれしくて待ち遠しいです。奈良県生駒市高山町で「暮らしとうつわのお店 草々」をやっています。好きなものは、うつわ集め、あんこ(特に豆大福!)です。畑で野菜を育てています。

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