「年の暮れ」という言葉には、一年という大きな幕が静かに閉じていくかのような、不思議なあたたかさがあります。あわただしさの中にも、今年もなんとか無事に年を越せそうだ、という安堵感がひとりひとりの胸に漂う時期です。
鴨長明は、こんな歌を詠んでいます。
この歌には、年を重ねていく老いを感じながらも、年の暮れ特有のあわただしさの中に、春を待つ期待に満ちた気分が同時に詠み込まれています。
いいことも悪いことも、色々あった一年。年の暮れは、過ぎ去った時間を感じつつ、同時に次の季節へと自然に気持ちが向かっていく、そんな「あわい」の時間を生きる時期なのかもしれません。
葛飾北斎は、年末を代表する風景、餅つきの様子を生き生きと描いています。諸肌を脱ぎ、威勢よく餅をつく様子から、寒さの中にも街には熱気が満ちていたことが伝わってきます。
師走の江戸の街には、にわかの餅つき職人がたくさん現れたようです。大八車に釜や蒸籠、臼などの道具一式を乗せ、屈強な男たちが街中を引きずるようにして、にぎにぎしく移動することから、この出張サービスは「引き摺り餅」と呼ばれ、冬の風物詩となっていました。
息を合わせて杵を振り下ろす者、合いの手を入れる者、熱々のお餅を手際よく丸める者。北斎のように、その光景を眺める人々もいます。そこには、新年を迎えるための「儀式」というより、人が集い、笑い、力を合わせる暮らしそのものの姿があります。
引き摺り餅は年末が近づくにつれ注文が殺到し、早朝から日が暮れるまで、ぺったん、ぺったんと餅をつく音が響き続けていたといいます。餅米を蒸す香りが漂い、威勢のよい掛け声が聞こえる江戸の街には、寒さを忘れるような楽しさがあったのではないかと思います。
使用人の多い武家や商家では自前で行うことが多かったようですが、大店ではあえて餅つき職人を呼んで、店先で盛大に餅つきをすることが一種のステイタスでもあったようです。近隣へのお裾分けも行われ、町全体で年を迎える空気が育まれていきました。
餅をつく余裕のない人々には近所の菓子屋に頼んで作ってもらう「賃餅(ちんもち)」という仕組みもありました。長屋では大家が店子に餅をふるまう習わしがあり、庶民もまた、正月の餅はもれなく口にしていたといいます。
年の暮れの風物といえば、もうひとつ、歳の市があります。正月飾りだけでなく、食料品やほうきやまな板などの生活用品が並び、市場は買い物に繰り出す人々でごった返したそうです。昔は縁起をかつぎ、日用品も年の終わりに新調したいという人が多かったようです。
街のにぎわいに吸い寄せられ、なんとなく気が大きくなって、ふだん買わないものを奮発して買ってしまったりするのは今も昔も変わらないものなのでしょう。
年の暮れは、静かにこもっているだけの時間ではありません。音があり、匂いがあり、人の気配が濃くなる季節でもありました。大掃除をし、買い物をし、一年をゆっくりと送り出しながら、同時に次の年を迎える準備が進んでいく。そんな人の営みの重なりの中に、「年の暮れ」という言葉が生まれたのかもしれません。
しはすの月のあり明の空 雪玉集
文責・高月美樹

