こんにちは。和暦研究家の高月美樹です。
アリが運ぶ紫の春の精。
先日、木々の芽吹きを観察していましたら、幹を這うアリをみつけました。毎年、初めてみるアリの姿は、思わず顔がほころぶ春の出会いのひとつです。
さて今日は、アリとスミレのお話です。スミレの黒い種には種枕(しゅちん)と呼ばれるアリが大好きな白いお菓子がついています。エライオソームという物質です。アリはその甘い菓子が欲しいのですが、種から簡単にはとれないようになっています。
そこでアリは一生懸命、巣まで運んでいき、白いお菓子を食べたあと、巣の外に放出したり、運んでいる途中で運よくお菓子をはずして置いていったり、どこかに諦めて置いていったりもします。
スミレの種は数メートルはじけて飛ぶ力がありますが、そんなに遠くまでは移動できません。翌年、思いがけないところで咲いているスミレは前の年のアリたちの行動の印のようでもあり、より一層、愛しく感じます。もしスミレの花を見つけたら、近くにアリが歩いていないか、辺りを観察してみてください。
スミレは案外、都会でも咲いています。私は毎年、アルファルトのわずかな隙間に咲く「都会のスミレ」を見つけるのが趣味になっています。昨年咲いた場所を覚えていて、十数メートル離れた場所を探すと大抵、見つかります。
かさねの色目では、壺菫という配色があります。
表が紫根、裏が蓼藍と刈安で染めた濃い緑で、なんとも美しい配色です。現在のツボスミレは白の中央にうっすら紫のみえる花をさしますが、昔は紫のスミレをさしていたようです。壺(庭)に咲く菫という説もあります。小さいながらも濃い紫の花を咲かせるスミレは永々と人々の顔をほころばせ、どんなにか愛されてきたことでしょう。
春雨のふる野の道のつぼすみれ 摘みても行かむ袖は濡るとも 藤原定家
雨に濡れながらも、スミレを摘みながら野を歩いていく。今となっては贅沢な、なんとも素敵な情景です。スミレは昔からよく摘まれることから、ツミレがスミレの語源ともいわれています。
ところで、アリが運んでいるのはスミレの種だけではありません。カタクリ、ムラサキケマン、ニリンソウ、そしてギフチョウの成長に欠かせないヒメカンアオイなど、スプリングエフェメラルの多くが、アリの力を借りながら生きています。花だけでなく、彼らの繁殖を助けているアリも好きになってくれるとうれしいです。
私が好きな句はこの2句。
その中にちいさき神や壺菫 虚子
菫程な小さき人に生まれたし 漱石
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