染織家の吉岡更紗です。私は、京都で200年以上続く染屋「染司よしおか」の六代目で、いにしえから伝わる技法で、植物を中心とした自然界に存在するもので染色をしています。
世界中でも類をみないほど数が多いといわれている、豊かな美しい日本の色。その中から、今月は匂い立つような「香色(こういろ)」についてご紹介いたします。
染司よしおかでは、植物を使って日本の伝統色を生み出していますが、植物であればなんでも染まるというわけではなく、古来染料として選ばれたものには、やはりそれぞれに意味があるのだな、と感じています。また染料は漢方薬としての効能があるものが多く、スパイスや香料としても使われているものもいくつかあります。
その一つが、今回ご紹介する「香色」を生み出す丁子(ちょうじ)です。フトモモ科の常緑樹で、インドネシアやスリランカなど熱帯地方に生育するチョウジノキの、花が咲く前の蕾を摘み取ったものです。釘(くぎ)のような形をしているところから中国では「釘子」と呼ばれ、のちに丁子となったと言われています。英語名では「クローブ」で、もしかするとこちらの名前の方が、お聞きなじみがあるかもしれません。
丁子には殺菌や鎮静効果があり、また口臭にも効果があることから、古代中国では皇帝の前に出るときには必ず口に含んだとされていますし、現代でも呼吸を通して体を清めるために、一粒口に入れたままお写経をすることを勧めるお寺もあります。こうした効能のある丁子は香料としての役割もあり、確かにお湯に丁字を入れて煎じると、工房中にかぐわしい雅な香りが漂います。
室町時代後期に記された『源氏男女装束抄』には「丁子を濃く煎じたる汁にて染めたるものなり。香染ともいふなり。」と書かれています。その煎じられた液が非常に香り高く、染めた布にも香りがのこるところから「香色」という名がつけられたことが分かります。
やさしいベージュっぽい色に染まる「香色」や「丁子染」は『源氏物語』にもいくつか見受けられますが、昨年「二藍」(ふたあい)をご紹介した際の「藤裏葉」の帖にも登場します。
光源氏の息子夕霧が、雲井の雁(くもいのかり)に求婚する際に、より大人っぽく見られた方がいいと父より贈られた青みの強い二藍を着用して、結婚を許された翌日のシーンです。光源氏は、夕霧に今後のことを色々と諭す為に、自身の住まい六条院に呼び寄せます。
夕霧の姿は「すこし色深き御直衣に、丁子染のこがるるまでしめる、白き綾のなつかしきを着たまへる」とあり、少し色の深い縹色(はなだいろ)の直衣に、丁子で焦げるかのように濃く染めた袿(うちき)を合わせ、やわらかい白い綾を身に着けていると書かれています。
この当時、恋愛においては、色だけでなく香りも非常に大きなポイントになっているので、夕霧の雲井の雁への恋焦がれる思いを表すかのように、丁子の香りと、色をしっかりと染めうつした袿をきていたと表現しているのです。
吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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