こんにちは、俳人の森乃おとです。
11月に入って待ち遠しくなるのは、イチョウの木の黄葉です。葉が青いうちはあまり意識することのないイチョウですが、背の高い木が、街路や公園、学校などで一斉に黄金色に色づくと、その数の多さと美しさに驚かされます。この祝祭劇の終わりも壮観で、一夜のうちに惜しみなく葉を落とし切るのです。
2億年以上前に出現した「生きている化石」
イチョウは裸子植物で、イチョウ科イチョウ属の落葉高木です。裸子植物とは、種子植物のうち胚珠(はいしゅ)がむき出しになったものです。ほとんどがマツやスギのような針葉樹ですが、イチョウは針葉樹ではありません。
イチョウは今から2億年以上前の古生代末のペレム紀に出現しました。中生代には世界各地で繁茂しましたが、新生代になると次第に消滅。日本をはじめ世界各地で化石が見つかっています。現存するのは一属一種のみで、「生きている化石」と呼ばれます。
中国の安徽(あんき)省の森林で生き残っていたイチョウの野生種が発見されたのは、11世紀初めの北宋時代。実が食用となり、成長が早く街路樹に適していることから、首都である開封(かいほう)に移植されました。このイチョウが日本にも渡来したと考えられています。
学名は日本語の音が基に
日本に渡来した時期については諸説があり、はっきりとしていません。『万葉集』や『源氏物語』などの王朝文学には登場しないことから、早くても鎌倉時代以降ではないかと推定されます。
イチョウの漢字表記には、銀杏、公孫樹、鴨足樹などがあります。「銀杏」は、果実の中の胚乳(はいにゅう)が白っぽく見えることから。「公孫樹」は祖父(公)が植えた樹の実が、孫の代でようやく食べられるようになるため、「鴨足樹」は、葉の形が水鳥の足跡に似ていることに由来します。鴨足樹の中国語発音は「イアチャオ」で、これがなまって「イチョウ」になったとされます。
学名はGinkgo biloba(ギンゴ・ビロバ)で、日本語が基になっています。元禄時代に長崎のオランダ商館に滞在したドイツ人医師エンゲルベルト・ケンペルが、帰国後『廻国奇談』という旅行記を著し、イチョウを初めてヨーロッパに紹介しました。その中で銀杏の音読み「ギンギョウ」を「ギンゴ」と誤って綴り、それが植物分類学の祖・リンネによってイチョウ属の学名とされました。英語名もやはり「Ginkgo」です。
種名のbilobaはラテン語で「2裂した」という意味で、イチョウの葉の先が2つに裂けていることによります。
文豪ゲーテの「西東詩集」に詠まれたイチョウの葉
ケンペルによって紹介されたこの珍しい植物は、19世紀のドイツの文豪ゲーテの関心を引きました。東洋への憧れをモチーフにした『西東詩集』には、イチョウの葉の形の謎を詠んだ「ギンゴの葉」が収められています。(引用は渡辺直樹氏訳)。
東方から来てわたしの庭にゆだねられたこのギンゴの葉は、
秘密の意味を味わわせて知者の心をよろこばす。
みずからのうちで二分かれした、これは一つの生ける葉なのか?
一体として認められるほど互いに選びあった二つの存在なのか?
この問いの答えとして正しい意味がみつかった、
わたしの詩を聞いてあなたは感じないのか、わたしは一にして二重なのだと?
57万本のイチョウが街路樹に
2007年の国土交通省の調査では、全国で街路樹とされているイチョウの数は57万本で、樹種としては1位。2位は桜の48万本でした。街路樹として好まれる理由は、病虫害に強く、成長が早いこと。
イチョウ並木としては東京・本郷の東大構内が有名ですが、植えられたのは1906年。100年余りしか経っていないのに、早くも古樹の風格を示しています。
イチョウは雌雄異株で、果実のギンナンはかなり強い異臭を放つため、雌の木は避けられる傾向があるそうです。
ご存じの通り、ギンナンは栄養価が高い秋の味覚ですが、メチルビリドキシンという毒素を微量に含むため、食べ過ぎは禁物です。
イチョウの花言葉は「荘厳」「長寿」「鎮魂」。
イチョウを詠んだ和歌では、与謝野晶子の「金色のちひさき鳥のかたちして 銀杏ちるなり夕日の岡に」がよく知られています。
イチョウ(銀杏、公孫樹、鴨足樹)
学名Ginkgo biloba 裸子植物でイチョウ科イチョウ属の落葉高木 原産地中国。雌雄異株で、4月に雄花、雌花をそれぞれつけ、秋に実をつける。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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