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ヒトリシズカ

旬のもの 2023.04.27

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

林の下で瑞々しい草の茎が顔を出し、先端に可愛らしい白い花穂をつける季節となりました。源平合戦の英雄、源義経の愛妾で、舞の名手として知られた静御前(しずかごぜん)の舞い姿にちなんで名づけられた、その名もゆかしいヒトリシズカ(一人静)の花です。

君が名か 一人静と いひにけり――室生犀星(むろう・さいせい/1889-1962年)

ヒトリシズカは、センリョウ科チャラン属(千両科茶蘭属)の多年草。日本や中国など東アジアの林床に分布します。短い地下茎で結ばれ、春先に間隔を空けて新芽を垂直に伸ばします。茎高は15~30㎝と低く、先端に4枚の大きな葉を輪生状に広げます。葉は長さ約10㎝の楕円形で、縁にぎざぎざがあります。初めは葉も茎も濃い赤紫色ですが、赤紫色は次第に薄らぎ、4~5月の花期が終わる頃にはすっかり早緑色に変わります。

花期には茎頂に1~2㎝の短い1本の穂状花序を出し、たくさんの小花の集まりをつけます。小花には花被(花弁と萼)がなく、3~5㎜の3本の花糸(雄しべ)を持つだけなので、まるで小さな白いブラシのように見えます。

ヒトリシズカは林の中にひっそりと生える山野草なので、名前は聞いたことがあっても、実際には見たことがないという人も多いかもしれません。詩人・室生犀星の句は、思いがけずヒトリシズカの花に出合った喜びを詠んだものなのでしょう。

静御前(しずかごぜん)の伝説

ヒトリシズカという名前には、平家追討の立役者でありながら、兄・頼朝に疎んじられ、滅ぼされた源義経と、その愛人で、名高い白拍子(しらびょうし=踊り子)だった静御前の悲劇的な恋の伝説が、濃密に結び付いています。

静御前は義経と一緒に吉野山(奈良県)に逃れましたが、義経が奥州平泉へと落ちのびた後、吉野山で捕らえられ、鎌倉に護送されました。鶴岡八幡宮で歌と踊りを披露するよう頼朝に迫られ、舞に合わせて詠んだ和歌が、次の2首です。

しづやしづ 賎(しづ)のおだまき 繰り返し 昔を今に なすよしもがな
吉野山 峰の白雪踏み分けて 入りにし人の 跡ぞ恋しき

「しづ」は麻などの粗末な糸を指す「倭文(しづ)」と、白拍子という身分を卑下した「賤(しづ)」、それに自分の名前の「しずか」を懸けたもの。「おだまき(苧環)」は糸巻のこと。糸巻を逆向きに何度も回転させて、義経と一緒に暮らした幸せだった昔を今に取り戻すことができればなあ、というのが歌意です。

2首目は、吉野山で別れた義経への激しい愛慕を詠っています。静御前は、吉野山で捕えられた時にも、舞を舞わされています。そのため、ヒトリシズカの古名は「ヨシノシズカ(吉野静)」といいます。白い清楚な花の風情が、静御前が吉野山において、一人で舞う姿を思わせるのでしょう。
江戸中期の百科事典『和漢三才図会』(1712年) は、「静とは源義経の寵妾にして吉野山に於て歌舞のことあり。好事者、其美を比して以って之に名づく」とその由来を記しています。

二人静 ひとり静より さびし――角川照子(かどかわ・てるこ/1928-2004年)

ヒトリシズカの同属には、花穂の数が2本で花や葉の形も、生えている場所もほとんど同じでフタリシズカ(二人静)と呼ばれる種もあります。

名前は、並んだ2本の花穂を静御前とその亡霊が並んで舞う姿に見立てたもの。能楽の「二人静」では、正月の初菜を摘んでいた吉野山の菜摘女(なつめ)に静御前が憑依し、さらに静御前の亡霊も現れて、二人が全く同じ装束で踊ります。

角川照子は、角川書店創業者で俳人としても名高い角川源義の妻。「一人より二人の方がなおさびしい」とは、2人の静御前が寄り添って生前の悲しみを訴える姿と重なります。そしてまた、二人並んでも決して満たされることはない孤独は、人間という生き物のさだめでもあるのかもしれません。

花言葉は「隠された美」「静謐(せいひつ)」「愛にこたえて」

ヒトリシズカの花言葉は「隠された美」「静謐」「愛にこたえて」。「隠された美」「静謐」は、派手さこそないが、静かな花の美しさを讃えています。
静御前は迫害者たちの前で、恋人への揺るぎのない愛情を堂々と表明し、思わず彼らを感涙させるのです。同時代に生きた木曽義仲の愛妾、巴御前(ともえごぜん)のように自ら武器は取らなかったものの、彼女なりの戦い方で運命に立ち向かいました。その姿から「愛にこたえて」という花言葉が生まれました。

ちなみにフタリシズカの花言葉は「いつまでも一緒に」。寄り添ってなおさびしくも、人間はやはり一緒にいることを願うものなのでしょう。その道は遠くとも、いつかきっと、幸せになる日が来ることを約束してくれるようです。

ヒトリシズカ(一人静)

学名Chloranthus quadrifolius
英名Chloranthus japonicus
センリョウ科チャラン属の多年草。日本・中国など東アジアの林地に自生。 草丈は15~30㎝。茎頂に4枚の大きな葉を輪生させ、その間から1本の短い穂状花序をのばし、多数の小花をつける。小花は花被がなく、3本の雄しべだけから成る。花期は4~5月。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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