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ツリガネニンジン

旬のもの 2025.09.25

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9月になり、秋の七草が咲く季節となりました。淡い紫の小さな鐘のような花を吊り下げるツリガネニンジン(釣鐘人参)もまた、秋の訪れと季節の移ろいを告げてくれる野の花の一つです。華やかでありながらもどこか寂しげな花野で、ツリガネニンジンは風に吹かれて右に左へと揺れ、秋の澄んだ光を受けて、きらきらと輝きます。

釣鐘形の可憐な花と、朝鮮人参のような太い根

ツリガネニンジンは、キキョウ科ツリガネニンジン属の多年草で、日本在来種です。北海道から九州の山野や丘陵、田畑の土手、堤防の斜面など、日当たりのよい場所を好み群生。日本のほか、朝鮮半島や中国にも分布します。

草丈は60~120㎝。根は垂直に伸びて白く肥大し、茎は直立します。茎には全体に毛が生えていて、折ると白い乳液が出ることが特徴。葉は先が尖った長い楕円形で、縁に不規則な切れ込みがあり、3~4枚ずつ輪生します。

花期は8~10月、すっと伸ばした花径の上部に3~5個ずつ、数段にわたって細長いベルのような花を下向きに咲かせます。花冠の先端は浅く5裂し、花弁からはみ出すように伸びた雄しべが、鐘の内部で振動して音を出す「舌(ぜつ)」を思わせます。

花の長さは2㎝に満たないほどで、花色は淡い青紫、あるいは白。同じキキョウ科のホタルブクロをそのまま小さくしたかのようで、とても清楚で可憐です。

和名の由来は、花が釣鐘を思わせ、太い根茎がウコギ科のチョウセンニンジン(朝鮮人参)と似ていることから。分類上はまったく関係のない植物ですが、どちらも根が漢方薬の原料として利用される薬草です。ツリガネニンジンの生薬名は「沙参(しゃじん)」といい、咳止めや痰切り、胃腸を強くするなどの効能があるとされています。

「とっておき」の美味なる山菜

ツリガネニンジンの別名は多くありますが、代表的なものは「トトキ」です。美味な山菜の一つとして古くから知られ、春の若芽は天ぷらや和え物に、ツボミや花は酢の物などに。そして根は細切りにしてきんぴら風に油で炒めて食します。

信州の民謡で「山でうまいはオケラにトトキ/里でうまいはウリ、ナスビ/嫁に食わすも惜しゅうござる」と歌い伝えられるほどに親しまれ、トトキの名の由来は「とっておき」とも。クセがなく、歯ざわりもよく、どのような料理にしてもおいしい、まさにここ一番に使う「とっておき」の里山の食材だったのでしょう。

ちなみに「オケラ(朮)」は、アザミ(薊)に似た花を咲かせるキク科の多年草。若菜を食用とするほか、根は薬草として正月の御屠蘇(おとそ)に使うことで知られています。
ツリガネニンジンは、かつてはありふれた野の花であり、秋の草野を代表する植物でした。しかし現在では、地域によっては滅多に見られない希少な草花となっています。

宮沢賢治と「釣鐘草(ブリューベル)」の花

農芸科学者であり、詩人・童話作家として知られる宮沢賢治(1896~1933年)は、故郷・岩手県の山々と植物を深く愛し、作品の背景や題材として多く登場させたことで知られています。

賢治は、29歳の時に北上山地の最高峰・早池峰山(はやちねさん)に一人登山し、その感動を詩に書き記しました。その中でツリガネニンジンを「釣鐘草(ブリューベル)の花」と呼び、美しさを次のように称えています。

さうしてどうだ
風が吹くと 風が吹くと
斜面になったいちめんの釣鐘草(ブリューベル)の花に
かがやかに かがやかに
またうつくしく露がきらめき
わたくしもどこかへ行ってしまひさうになる……

――『春と修羅 第二集』「山の晨明(しんめい)に関する童話風の構想」より

晨明とは夜明けのこと。薄明の中でツリガネニンジンは朝露をまとって輝き、風に吹かれてきらめく露をこぼします。そのとき、誘われたかのごとく「行ってしまひさうになる」どこかとは、賢治の心象世界に存在する理想郷「イーハトーブ」なのかもしれません。

花言葉は「詩的な愛」「誠実」

さて、ツリガネニンジンの英名はLadybells(貴婦人のベル)。草むらに溶けてしまいそうな淡い色の花は、あえかなる貴婦人か妖精が持つベルのようであり、秋風に揺れるとかすかに鐘の音が聞こえてくるような気がします。「詩的な愛」「誠実」の花言葉は、ツリガネニンジンの清楚で幻想的な佇まいから生まれました。

来年2026年は、宮沢賢治の生誕130周年です。故郷の岩手県花巻市をはじめ、日本各地でさまざまな催しが開かれることでしょう。私もまた、山と植物を愛した賢治をしのび、「かがやかにまたうつくしく」露をまとったツリガネニンジンに会いに行きたいと思います。

ツリガネニンジン(釣鐘人参)

学名: Adenophora triphylla var. japonica
英名:Ladybells, Garland flower

キキョウ科ツリガネニンジン属の多年草。北海道から九州の日当たりのよい場所を好み群生。草丈は60~120㎝、花期は8~10月、花径の上部に、数段にわたってベルのような花を下向きに咲かせる。花色は淡い青紫、あるいは白。おいしい山菜として知られ、別名は「トトキ」。根は漢方の材料となり、生薬名は「沙参(しゃじん)」。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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