こんにちは。俳人の森乃おとです。
10月に入ると、多肉植物のミセバヤ(見せばや)が、淡いピンクの小花を多く集めて咲かせます。パステルグリーンのやわらかな葉とのコントラストも可愛らしく、秋の透明な光の中で、美しく輝きます。江戸時代より愛されてきた古典園芸植物の一つであり、どこか控えめで優雅な花姿は、情趣ある和名とともに、忘れがたい印象を胸に残します。
シーボルトが海外に紹介した「10月の妖精」
ミセバヤは、ベンケイソウ科ムラサキベンケイソウ属の多年草。サボテンなどと同じ多肉植物の1種で、分類によってはセダム属に含まれることも。
観賞用として好んで栽培されてきたことから、人家近くの石垣などに野生化したものも見られます。しかし国内自生地は、香川県小豆島の寒霞渓(かんかけい)の群落や奈良県の一部地域のみ。そのため環境省レッドデータブックでは絶滅危惧ⅠB類に分類されています。
草丈は約10㎝。地面を這うようにして横に広がり、成長します。肉質で丸い葉が可愛らしく、全体的に白粉を帯びた青緑色をしています。葉の縁は赤く、細い茎に間隔を空けて3枚輪生し、茎は30㎝程度にまでに伸びて枝垂れます。
花期は10~11月。花茎の先端に、淡紅色の小花を半球状に多く咲かせます。花径は約1cm、長さ4mmほど。萼,花弁ともに星形をした5枚で,濃紅色の雄しべ10本が5本ずつ2輪に並ぶことが特徴です。秋が深まる頃、葉は紅色に鮮やかに染まります。
学名はHylotelephium sieboldii(ヒロテレフィウム・シーボルディー)。種小名の「シーボルディー」は、オランダ商館付医官として来日したドイツ人医師、フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルト(1796~1866年)にちなみます。シーボルトはミセバヤを持ち帰り、日本国外に紹介しました。英名はOctober Daphne(オクトーバー・ダフネ)など。「10月の妖精、10月のジンチョウゲ(沈丁花)」の意味です。
「君に見せばや(あなたに見せたい)」深山の花
ミセバヤといえば、つい口ずさんでしまうのが『小倉百人一首』九十番の歌です。
※「雄島」は、歌枕としても名高い陸奥国(現・宮城県)の松島にある島の一つ
作者は、殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ/1131頃~1200年頃)。平安時代末期に活躍した歌人で、後白河天皇の第1皇女・殷富門(亮子内親王)に仕えた女房です。小倉百人一首の選者として知られる藤原定家など、多くの歌人と交流がありました。
この歌の初句「見せばや」は、見せるという動詞の未然形に“ばや”という願望を表す終助詞を付けたものです。「見せばや」が植物の名になったのは江戸時代中期のこと。姿が美しいため、「誰かに見せたい」という意味からつけられたともいわれます。
また、公卿の柳原紀光(やなぎわら・のりみつ/1746~1800年)は、随筆集『閑窓自語(かんそうじご)』にて、吉野山(現・奈良県)の法師が深山にてこの花を見つけ、和歌の師匠に「君にみせばや」と詞を添えて贈ったことが由来だと伝えます。
ミセバヤの別名は「タマノオ(玉の緒)」。玉の緒とは、宝玉を貫き通す緒=ひも、あるいは宝玉の首飾りのことです。ミセバヤの丸く集まった球形の花を紅い宝珠に、長く垂れた茎を細いひもになぞらえたのでしょう。
花言葉は「大切なあなた」「つつましさ」
花言葉の「大切なあなた」は、恩師に美しい花を贈ったという名前の由来から生まれました。「つつましさ」は、デリケートで上品な花姿に由来します。
俳句の世界では、ミセバヤは秋の季語。俳人高浜虚子の孫で、「ホトトギス」主宰を継承した稲畑汀子(いなはた・ていこ/1931~ 2022年)に、次のような作品があります。
「深吉野」は、奈良県東吉野村の別名で、人里離れた奥深い自然豊かな地を表します。「いゆく」は行く、進むという意の古語。清浄な深山幽谷をゆき、“大切なあなた”に捧げる美しい花を摘む胸の高鳴りが伝わってくるようです。
もちろん現在は、例え深山でミセバヤと出合うことがあっても手折ることなく、つつましく心より「大切なあなた」を思うだけにいたしましょう。
ミセバヤは暑さ寒さに強く、丈夫で育てやすい植物です。フラワースタンドやハンギングバスケットに飾る寄せ植えなどでは、流れるように枝垂れる葉の優美さを楽しむことができます。この秋は、ぜひミセバヤを愛で、大切な人への思いを深めてはいかがでしょうか。
ミセバヤ(見せばや)
学名:Hylotelephium sieboldii
英名:October Daphne
ベンケイソウ科ムラサキベンケイソウ属の多肉性多年草。地面を這うようにして成長し、花期は10~11月。花茎の先端に、淡紅色の小花を半球状に多く咲かせる。花径は約1cm、長さ4mmほど。晩秋に葉が紅葉する。古典園芸植物の一つで、別名に「タマノオ(玉の緒)」。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
