今日は七夕です。
「今年こそ織姫と彦星は会えるのでしょうか?」
などとニュースでも天気が話題に上がりますが、そんな「七夕」にはどんな由来があるのかご存知ですか?
じつは、今ある七夕の行事は三つのルーツからできたとされています。
一つ目は、中国に伝わる伝説、日本では彦星で知られる牛飼の牽牛(けんぎゅう)と織姫の恋物語。
天帝の娘で機織り上手な織姫が、彦星と結婚してから働かなくなったことに天帝が怒り、
二人を引き離しましたが、後に、真面目に働けば一年に一度会ってもいい、と言い渡したというお話。

このお話に、さらに羽衣伝説で知られる民話が加わります。
羽衣伝説の内容は、天女の羽衣を隠した若者が、帰れなくなった天女と結婚したものの、羽衣の在りかをしゃべってしまい、取り戻した天女は天へ帰っていきます。
その後、若者は天女恋しさに後を追い、なんとか天で再会することができました。
しかし、言いつけに背いて天にある瓜を切ってしまったため、瓜から水があふれて天の川となり、二人は会えなくなってしまったというお話です。
こうした昔から伝わる物話が合わさったものが、七夕の伝説の下地になりました。

ルーツの二つ目は中国から伝わった「乞巧奠(きこうでん)」という、織姫にあやかって、お裁縫や筆などの女性のたしなみ事の上達を願う行事。
星にお酒や収穫された野菜などのお供え物をして、水を張ったたらいの水面に映る星を鑑賞したりする他に、梶の木の葉に願い事を書いて水に浮かべたり、屋根の上に投げたりしたそうです。
この行事が願い事を書く「短冊」のもとになりました。
そして三つ目は、日本で弥生時代から行われていたとされる布を織る、機(はた)織りの儀式。
「棚機津女(たなばたつめ)」と呼ばれる機織りの乙女が、水辺の機屋にこもって神様の衣を織り、七夕の神様を迎えるという、清めの意味を持った禊(みそぎ)の神事です。

これらが結びついて、現在の七夕のかたちになっていきました。
私たちのイメージでおなじみの「笹に短冊や飾りをつるす」ようになったのは江戸時代からだそう。
当時の人々は、生命力があり、まっすぐ伸びる笹に「願い事がまっすぐ天に届きますように」と天と地をつなぐ柱の意味合いを持たせました。
江戸時代にはこの笹を売る「七夕竹売り」という商人がいて、各家の屋根に飾った笹を立てていったとか。
見渡す限りに笹が屋根から伸びた家並みを想像すると面白いですね。

梅雨の時期のため、晴天になるのが難しい今夜の空。
もし雨でも、旧暦の七夕の頃に「伝統的七夕」と定められた日もあります。
古くから伝えられてきた物話や行事に思いを馳せながら、夜空に輝く星々と「七夕」という節句を、ぜひ楽しんでみてください。

