吉岡さんに会いに、京都の工房へ
昨年から暦生活で「日本の色」を連載いただいている染織家・染司よしおか6代目の吉岡更紗さん。日に日に暑さを増していく夏のある日、吉岡更紗さんに会いに京都へ行ってきました。染色のことや日本の色について、お話を伺いました。
あかね、つゆくさ、やなぎ、やまぶき..
日本には自然や文化から生まれた美しい伝統色がたくさんあります。
そんな日本の色を200年も前から伝えてきた工房があります。
染司よしおかは、京都で江戸時代から続く染屋。
現在は暦生活で「日本の色」を連載してくださっている吉岡更紗さんが6代目として受け継いでいます。
奈良・東大寺で1200年以上続く伝統行事、修二会(しゅにえ)の「お水取り」の造り花をはじめ、さまざまな品を天然の染料のみで染め上げています。
吉岡さんがそもそも染色をはじめたきっかけから、京都で染色を続ける理由や色の歴史まで。
新緑が眩しい季節に工房をたずねて、お話を伺いました。
染色をはじめたきっかけについて、教えてください。
吉岡「幼い頃から祖父の仕事ぶりを見てきたことが大きいです。
祖父は厳しい人だったので染め場には入れてもらえなかったのですが、
湯気がバーっとあがる瞬間や染料のにおい、伝統を受け継ぐ仕事をしていたのはずっと心に残っていました。」
吉岡「それから大学を卒業した後はアパレルの販売をしていましたが、父が継ぐことをきっかけに私も戻り、2019年からは6代目として工房や店舗を守っています。」
工房に足を踏み入れたときから感じた歴史と伝統の重み。
吉岡さんは、時代の変遷に合わせて「日本の色」も少しずつ変わってきたといいます。
吉岡「日本における”色の名前”は時代ごとに増えてきました。
公式な文字記録として残っているのは平安時代からが多いですが、
古墳から出土する品などを見ると、縄文や弥生時代から色が使われてきたということがわかります。
最近では吉野ヶ里遺跡から赤色顔料の石棺が見つかったというニュースもありましたね。」
吉岡「染色にとって大きなポイントとなったのは、絹が日本にやってきたとき。
シルクロードを通じて絹織物が伝わったことで人々は華やかな色を身につけるようになりました。」
吉岡「平安時代になると、さらに色が発展しました。
それまでの日本の染織は主に中国から影響を受けてきましたが、都が京都にうつり、遣唐使を中止したことにより独自の和の文化が育っていきました。」
吉岡「同時に、色の名前にも変化が起こります。
もともとは紅花で染めたものが ”紅(くれない)”になるなど、染料が色の名前になっていましたが、この頃から草木花の色名が一気に増えました。
それは、季節を表現した色の衣装を纏うことは貴族の教養やセンスのあらわれであり、想いを表現する方法のひとつだったことが大きく影響していると思われます。」
吉岡さんの色にまつまわるお話はどれも新鮮で、当時の暮らしの様子が伝わってくるかのようでした。
特に、色がその時代を生きた人の心をうつす表現方法だったというお話が印象に残っています。
次にお聞きしたのは、「京都」という場所について。
吉岡「京都は平安時代から江戸時代の終わりまで ”都” があり、色々な人が集まり文化が育まれてきた場所です。三方山に囲まれて自然を見渡せる環境にあり、お寺や神社などでは季節行事もある。電車に乗っていても ”あ、桜が咲いたな” など意識しなくても目に入ってくる。自然と近くにある環境がとてもいいなぁと思います。
さらに、きれいな色を出すために必要な水質(特に鉄分が少ないこと)が豊富であることも大きくて、染色にとってもいい環境だといえます。」
吉岡さんの話す通り、京都は自然豊かな環境で、今日工房へ向かって歩いてきたときもたくさんの季節の花たちと出会いました。
京都を流れる川も当たり前のように見てきましたが、この環境が長く染色を支えてきたと思うと感慨深い気持ちになります。
そんな吉岡さんにとって「一番好きな色」についても聞いてみました。
吉岡「いまやっている仕事の色が一番好きだなぁと思います。
ちょうど今の季節だと、葉っぱの "みどり" を染めることが多いんです。
この時期だと毎日、京都の "観月橋" を通るのですが川沿いにはみどりがワーッと咲いている。
春先には柔らかなみどりだったのが、だんだんと濃くなっていく。」
吉岡「透けるようにきれいな葉っぱや花の色。
雨に濡れた日は艶っぽくなったりと毎日同じ色ではなくて、暦が変わるにつれて少しずつ変わる色を見ながら染色をしていると、自然の持つ色に近づけたいという気持ちになります。」
自然のなかで染色をするということ。
そこから生み出される色の奥行きや透明感の理由が、吉岡さんの話を聞いていて少しだけわかったような気がしました。
最後に、これからについてと、暦生活読者へ向けたメッセージをいただきました。
吉岡「これからは、染司よしおかとして ”染色を次世代に繋いでいきたい" という気持ちが大きいです。」
吉岡「私たちが染色する材料は自然のものを使っていますが、だんだんとシルクや麻の布、和紙をつくる職人さんが減ってきているのが現状です。自分たちだけではなく染色に関わる人たちが、ずっと同じように続く関係性を築いていきたい。そのためには染色の技術を磨いていきたいと思います。」
吉岡「そんな中で暦生活で連載をするようになってから、逆に私が書きながら勉強になっていることがとても多いです。
何千年も前の職人さんたちが苦労してつくった日本の色、そこに込めた想いや現代との繋がりを発見すると、気分が高揚します。
読者の方にとっても偶然開いた文章が、時代を超えて暮らしの一部と繋がるかもしれない。そんなきっかけとなるような文章をこれからも書いていきたいと思います。」
暦生活でも、これまで1日1色日本の色を紹介する「にっぽんのいろ」コンテンツを配信してきました。今回吉岡さんにお話を伺い、日本の色とより真摯に向き合い、美しい色を未来へ繋げていくことができれば嬉しいと心から思いました。
京都の街で、静かに脈々と色を染め続ける。
そのありようはとても美しく、いつまでも続いていきますようにと密かに願いながら工房を後にしました。
吉岡更紗さんの連載「日本の色」
日本の自然や文化から生まれた美しい伝統色。
染色の視点から、色の歴史とともに一つひとつの色にまつわるお話をご紹介します。
おすすめの著書
『日本の色辞典』
日本の色を生業にされた染織家「吉岡幸雄」さん(吉岡更紗さんののお父様)が書かれた、知識や思いが凝縮された一冊。歴史解説も豊富で、色の成り立ちやあり方、使われ方などがよく分かります。写真も多く掲載され、自然の風景から季節も感じられます。日本の色や歴史、文化に興味のある方におすすめです。
『365日にっぽんのいろ図鑑』
1日1色、日本の伝統色を紹介する暦生活の人気コンテンツ「にっぽんのいろ」が、本になりました。
季節に合わせた日本の伝統色を1日1色365色、名前の由来や色にまつわる物語を写真とともに紹介。歴史や自然、文学作品など、さまざまな角度からお楽しみいただけます。
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日本の自然や文化から生まれた、たくさんの美しい伝統色。第2弾は、数あるにっぽんのいろの中から「海」をテーマに5つの色を選びました。