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こよみの学校 第246回 九星日割かがみー謎多き大正9年の暦

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表紙と奥付

新日本カレンダーの本社の2階にはガラスケースのなかに江戸時代から現代にいたる各種の暦・カレンダーが陳列されています。そのなかのひとつに『九星日割かがみ』があります。10cm×13cmほどの略本暦サイズの和綴じ本で、表紙のほか33頁で構成されています。

表紙には「自大正八年冬至 大正九庚申年 至大正十年小寒」と1920年をはさむ1年あまりの期間(理由不明)の暦であること、ならびに「大道教 神宮寺菊之助」が著者名として記されています。正式の表題は「五ヶ国暦対照 九星日割かがみ」であり、「内務省御届済」と銘打っています。奥付では「版権所有」「不許複製」の4文字で著作権を主張し、印刷・発行日、著作兼発行人、印刷人兼発行所、特約発売店の項目があります。値段は十銭です。そして「注意」として「本書は斯界に於ける学術研究資料の目的を以て内務省警保局に届け出て御認可を得て著作権を有したる者なれば他人若し類似の著作を為したる時は著作権法に拠り発行者及び販売者共に該物品を差押へらると同時に五十円以上五百円以下の罰金に処せらるべし」とあります。また欄外には「注意・・・本書には総ての問合せ及鑑定は発行所へ照会せらるべし(著者)」と記しています。

この本は数々の謎に満ちていますので、そのいくつかを指摘しておきたいと思います。

五ヶ国暦対照

体裁は略本暦に似ていますが、暦とは銘打っていません。版権を主張する際も「学術研究資料」とあり、発行の趣旨のところでも神代(じんだい)の暦法によって、自分が研究してきた暦学を応用して三暦日を記入し対照すべしと書いています。その一方、寒暑経緯度日月の運行出入時間などは帝国大学で編集し伊勢神部署(かんべしょ)より発行の本暦(ほんこよみ)を求め知らるべし、と下駄を預けています。そして「以下記入する対照暦日は上段を神代暦、次にユリウス暦、次にグレゴリオ暦、次に支那暦、次に九星、六輝、廿八宿、備考欄とす(神代暦は研究中)」と列記しています。要するに、国が認める官暦の掲載が目的ではなく、暦学研究の成果を示しただけ、という断りです。

三暦とは支那暦、ユリウス暦、グレゴリオ暦を意味していますが、五ヶ国暦がどこをさすのかの説明はありません。しかもユリウス暦=猶太(ユダヤ)教用、羅馬(ローマ)暦=グレゴリオ太陽暦=日、英、スエデン採用、支那暦=土耳古(トルコ)採用と同定し、太陽暦と支那暦の欄にそれぞれひらがなと漢字で干支を配していて、かなり支離滅裂です。

大道教と神宮寺菊之助

著者は大道教の神宮寺菊之助です。ふつう大道教といえば天理教の流れをくむ教団を想起します。しかし、例祭や教祖関連の祝祭日は見当たりません。また、戦前は大成教大道教会と称し、大道教と名のるのは1946年のことです。神宮寺菊之助はむしろ高島易断と関係のある人物のようです。というのも神宮寺菊之助校正、加藤甚三郎著作兼発行人の『人生一代 運勢羅針盤』(高島易断鑑定本部、1924)という本があり、高島嘉右衛門口授抄録を謳っているからです。

その奥付を見ると、『九星日割かがみ』と同じ発行所であるばかりか、その広告まで載っています。目次を見ると、冒頭に「開運の大道(だいだう)とは如何なる道乎」とあり、本文にも「だいだう」「たいだう」、二種類のルビがふられています。大道教とは、教団とは無縁の「開運の大道」の教えでした。

神代暦

研究中という神代暦は「我国は紀元前に天之宇津女命の暦法を作る即ち神代暦是なり」「皇祖天照大神の詔を拝受し神代に天之宇津女命の暦法・・・」と紹介されています。「神代暦」=「発見一年」と記してあるところから、たしかに研究中のようです。驚いたことに鳥、獣、甲、貝、草、木、虫、魚の循環が暦日に配されています。鳥獣と草木虫魚は一般的な熟語ですが、どこから始まり、どこで終わるのか判然としません。

「おばけ暦」のような運勢暦

『九星日割かがみ』は「年々三百万を数ふる」(『運勢羅針盤』の広告)とあるように、全国にひろく流布したとみえ、江戸東京博物館や香川県立ミュージアムにも所蔵されています。うかつなことに、わたしのコレクションにもありました。結論的には「おばけ暦」の類ですが、官暦から除外された暦注を載せる標準的な「おばけ」ではなく、奇妙な暦法を含む運勢暦のようです。

とすれば、「かがみ」と名付けたのも運勢鑑定の鑑(かがみ)に由来するのでしょう。

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中牧弘允

文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)など多数。

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