こんにちは。料理人の庄本彩美です。皆さんはもう終わりましたか?今回は、きっと手しごとの中で一番メジャーであろう「梅仕事」についてのお話です。
梅の実が熟す頃に降る雨だから「梅雨」。
今となっては当たり前のように思えるが、梅の実がこの時期に成ると知らなかった小学生の頃は、謎の言葉だった。
「梅雨」という言葉は、木の葉などにおりる「露」、物が悪くなったり、弱ったりする「つひゆ」が転じたもの、カビが生えて色々なものが悪くなる時期という意味の「黴雨(ばいう)」から、などいくつか説があるらしい。 最終的に「梅」の漢字が定着したのは、それだけ梅が身近な存在だったのだろうが、昔の人の自然に対するセンスを感じずにはいられない。
「梅仕事」とは、生梅で自家製の梅酒・梅シロップ、梅干しなどを作る作業のことである。その中でも、私は梅干し作りを楽しみにしている。
梅干し作りは難しそうに思われるが、意外と作業自体は簡単だ。
熟した梅を水にさらし、塩と梅を交互に重ねながら瓶に詰め、重石をして梅酢があがるのを待つだけだ。この時点で一旦、食べられる状態となる。この後、色付けと保存性と効能を高めるために塩揉みした赤紫蘇を入れて待ち、梅雨が明けたら三日三晩干して完成となる。
このように自分でも作れる梅干しだが、年々食べる人は減少しているという。あの酸味が苦手な人も多いそうだ。幼い頃食べていた祖母の梅干しは非常に酸っぱく、都会に住む従兄弟の家で市販の甘い梅干しを初めて食べた時は衝撃だった。蜂蜜や鰹の優しい味は口当たりが良く、遊びに行く時の密かな楽しみでもあった。
結局、今は酸っぱい梅干しを好んで食べるようになっている。料理で使う時に重宝するのだ。梅干しを味噌汁に落としたり、煮物に入れてさっぱりさせたり、食卓の味のバリエーションを広げてくれる。
また、私にとっては、梅干しはここぞという時の頼れる回復薬である。「梅はその日の難逃れ」「梅は三毒を断つ」とも言われており、体調が悪い時に口にする梅干し入りのお粥や味噌汁は、その酸味が弱った身体をシャキッとさせてくれる。
出来上がった自家製の梅干しを見ると、その喜びもひとしおだ。「どう食べようか」「誰かにお裾分けしようか」と私はわくわくしながら考える。しかし、手しごとの一番の醍醐味は、自分自身が食材と関わる面白さにあるのではないかと思っている。
追熟させた梅を持つと、その柔らかさを手に感じる。傷付けないようにそっと持ち、瓶に一つ一つ丁寧に並び入れる。満遍なく行き渡るよう指の間から塩を振り落とす行為は、絶妙な手加減がある。梅酢が上がってくる様子を確認しながら、梅雨明けを待つ時間は、自分の力だけでは完成し得ない、自然と時間によるはからいを感じる事ができる。一連の流れの中に、買ったものや貰ったものでは感じることの出来ない幸福が、私に溢れてくるのだ。
なぜ私たちは、四季を感じながら暮らす事を望むのだろうか。それは、自然を通して、この世界を感じていたいという気持ちがあるからかもしれない。自らの手や足、五感を使って向き合う際に生まれる、優しい時間の中に、私たちは幸せを感じているのではないだろうか。
美しく澄んだ梅酢と土用干しを待つ柔らかな梅干しを見ながら、私はそんなことを考えていた。
梅雨明けは、もう少し先だ。今年は梅が豊作らしい。もう一回くらい祖母から梅の実が届くだろう。
部屋の中いっぱいに広がる黄梅の優しい香りを思い出しながら、私は家からの便りを待っている。
庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
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