こんにちは、料理人の庄本彩美です。年の瀬が近づいてきました。年越しの準備を始める頃ですね。今日は「おせち」についてのお話です。
子どもの頃の年末の記憶は、家の中が慌ただしくも、ワクワクするようなことばかりだった。
特に印象に残っているのは、おせちを作る母の姿。紅白なますに、黒豆、数の子が次々と出来上がり、年始にだけ登場する陶器の三段重に1種類ずつ盛られていく。
また、私の地元は練り物が有名で、お正月に用意される蒲鉾は、とびっきり美味しい。つまみ食いしたいが、ぐっと我慢。
テレビで見るような蟹やローストビーフが入った豪勢なおせちではなかったが、料理する母の後ろ姿は、いつもより気合いが入っているようで格好良く見えた。
他にも、新年を迎えるべく、家族総出で様々な準備が行われる。
寒がりの私だが、この日ばかりは服を着込んで大掃除。水拭きの水はキーンとして手が固まりそうなほど冷たかったが、隅々まで綺麗になった部屋を見てまわるのは大変気持ちがよかった。
土間では祖母が茣蓙(ござ)を敷いて座り、しめ縄を作る。先程まで植物だった藁が、みるみるツヤのある太い縄へと変化していく。その手捌きはまるで魔法のようで、私は祖母の手をじっと見つめていた。
同じく土間で、父が釜戸を組みガスボンベの横で火の番をしている。釜の上に大きな四角いせいろが重ねられ、シューシュー湯気が立ちのぼっていた。隣の座敷では、この時しか使わない大きな餅つき機が、蒸し上がった餅米が来るのを待っている。年季の入った機械だったが、これで作る餅はどの餅よりもトロトロで美味しいことを知っていた。
大晦日の夕方までには、翌日に食べるおせちがずらりと準備され、玄関先にしめ縄が飾られる。床の間には大きな鏡餅と、生け花の菊と梅の香りが漂い、家はすっかり整っていた。慌ただしかった数日は終わり、静かな年越しが始まる。
この時にしか使わない品や、この時しか見られない父や母の姿。私にとってそれは、年に一度の楽しみで、頼もしい大人の姿だった。
このような準備は、一年の幸せをもたらす「年神(歳神)さま」を迎えるために行われるという。
私は子ども心に、新たな年を迎えるということの重みと、大人たちの所作から随所に神様の気配を感じ取っていたように思う。
「おせち」の語源も神様と関係する。節句の日に食べられた「御節供(おせちく)」と呼ばれる料理から来ているという。
現在は節句と言えば「ひな祭り」や「七夕」などがまず思い浮かぶが、元は中国から伝わり日本の気候や生活に馴染む過程で、田植えや収穫などの準備の予祝行事として、まつりが執り行われていた。
御節供は農業が無事に終わりますようにと神様へ願いお供えするものであり、そしてこれから農業を行う自分たちを労わるために作られた料理だ。
正月も昔は節句の一つであったが、江戸時代以降、正月は格別として切り離され、「御節供」も「おせち」として正月の時のみ使われるようになったという。
おせち料理は、手をかけて作られるものが多い。
初めて自分で、おせちを作ってみた時には、お煮しめの工程の多さに驚いた。
料理本には、人参や里芋、それぞれの食材を丁寧に飾り切りをして、別々の鍋で炊いてから、全て合わせて出汁で煮ふくめると書いてある。普段の煮物は一つの鍋で作るので、なんと手間の多いことか。
しかも、「お煮しめ」の一言で括るのではなく「梅花人参」「里芋六方」などと、それぞれの名前が付けられ別々の料理として記載されることさえある。
これは、おせちが神様へのお供えものとして作られるからと考えることができる。そのため普段の調理方法よりも手をかけ、日常とは違う器や盛り付けをして、丁寧に取り扱われているのだと知ると、その理由に納得し、張り切って作ろうと思えるものだ。
おせちは神様への料理であり、大切な人たちへの料理でもある。きっと母も小さい頃、祖母の台所姿に神様の気配を受け取り、そして私の前でも台所に立っていたのだろう。
実家を出てからは、父や母がやっていたように、おせちやしめ縄、鏡餅など全てを自分たちで用意することは難しくなってしまった。
しかし今、料理人として、脈々と伝えられてきた「おせち」を作っている。そして、「誰かの年末年始の特別な思い出の一つとして重なれば」と台所にむかうのであった。
庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
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