農家さんにとって6月は、麦の刈り入れに稲の田植え、梅酒や梅干しを漬ける梅仕事など、何かと作業が多い農繁期にあたります。
そして、ようやく一息つけるかと思ったら、季節は駆け足で小暑、大暑と巡っていきます。夏本番を迎える前に、農作業の疲れをねぎらう日とされたのが「半夏生(はんげしょう)」です。

「半夏生」は、二十四節気の「夏至」の末候にあたる七十二候のひとつで、だいたい7月2日から7日までの五日間を指します。
また、農作業の目安となる雑節のひとつでもあり、かつては夏至から数えて11日目、現在は太陽が黄経100度を通過する日とされ、太陽暦では7月2日頃(2024年は7月1日)のことをいいます。

古くから農事の大切な節目とされ、「半夏半作」などと言って、この日までに田植えを終えないと秋の収量が半減すると考えられました。
また、半夏生には魔物がやってきて毒を入れるので井戸の蓋を閉めねばならないとか、毒の雨が降るので野菜の収穫をしてはいけないとか、不思議な禁忌の伝承が多いのも特徴です。
こうした言い伝えによって、普段の農作業を休んで、きっちりと休むように戒めたのかもしれませんね。

半夏生は、サトイモ科のカラスビシャクという植物に由来した名称です。
カラスビシャクの球茎は、漢方薬のひとつで「半夏」と呼ばれました。その「半夏が生える季節」という意味で「半夏生」なのです。
カラスビシャクは、独特な形の花をもち、畑のすみっこや田んぼの畔からも生えてくる、とても生命力の強い植物です。別名は「ヘソクリ」。農家の女性が、畑に勝手に生えたカラスビシャクの球茎を集めて、薬屋に漢方薬の原料として売り、小遣いを稼いだことに由来するのだとか。おもしろいですね。

半夏生の頃は麦の収穫期にもあたります。そのため、採れたばかりの麦で作る団子や饅頭が、行事食として各地に伝わっています。
奈良で作られる「半夏生餅*」は、つぶした小麦ともち米を合わせて搗いた餅で、砂糖ときな粉をまぶして食べると、普通の餅よりも歯切れがよく、小麦の独特の食感が魅力です。半夏生の行事食として、今でもこの季節になると地域の家庭で作られますし、名物として通年販売している和菓子店もあるそう。
また、半夏生が訛った名前が特徴的な食べ物も。岐阜ではミョウガの葉で小豆あん入りの饅頭を包んだ「はげまんじゅう」、香川では小麦団子にあんこをからめた「はげ団子」が伝わっており、愉快な名前で楽しませてくれます。
*田植えを終えた後の祝いの行事「さなぶり」でも作るため「さなぶり餅」とも呼ぶ。

大阪では、半夏生にタコを食べる風習があります。
ちょうど田植えが終わったタイミングですから、稲の根がタコの足のように四方に伸びてしっかり張るようにと願って食べたといわれます。
麦秋においしくなるため「麦わらだこ」と呼ばれ、一年で最も味が良い時期。大阪湾や泉州沖は、古くからタコ漁が盛んで、遺跡からも蛸壺が発見されているほど。そのため、半夏生にタコを食べる風習も、馴染みやすかったのかもしれません。
大正時代から昭和初期の調査によると、この頃にはすでにタコの刺身や酢の物と小麦餅を半夏生に食べていたことがわかっています。

一方、福井県の内陸部では、焼きサバを食べる習慣があります。
山間部に位置する大野では、内陸にもかかわらず、半夏生にはサバを食べるといいます。これは、江戸時代に大野藩の飛地の領地が越前海岸沿いにあり、そこから城下町までサバを運ぶことができたからだと考えられています。
若狭の鯖は有名で、いわゆる鯖街道を通り、若狭から京都や篠山などの内地へと運ばれたことが知られていますが、福井の大野にも届けられていたのですね。
当時の城主が、領民を労うために、半夏生にはサバを食べるよう推奨したと言い伝えがあります。文献によれば、少なくとも江戸時代後期には行われていた習慣だとわかります。忙しい農繁期の疲れを癒し、夏を乗り切るために、こうした特別な食べ物を食べたのでしょう。
小麦の団子に饅頭、タコ、鯖。ところによって食べるものは違えども、農繁期を乗り越えた体を労わり、旬の恵みに感謝する気持ちは、どこの地域でも共通かもしれません。

清絢
食文化研究家
大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。
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