秋も深まり、肌寒い風も吹き抜ける頃、東京では秋の風物詩でもある「べったら市」が開催されます。この市は、その名の通り「べったら漬け」というほんのり甘く粘りのある大根の漬物で有名です。
「べったら市」は江戸時代から続く伝統行事で、今も昔と変わらぬ活気を見せ、東京の町に賑やかな秋の夜を運んでくれます。
べったら市のそもそものはじまりは、江戸時代の恵比寿講に由来しています。恵比寿講とは、七福神の一人で商売繁盛の神様とされる恵比寿様を祀る行事で、日本各地で恵比寿様にちなんだ催しやお祭りが行われます。
大きな鯛を抱える姿から想像がつくように、商売繁盛だけでなく、大漁や豊作といった豊かさをイメージさせる福の神でもあり、特に江戸の商家では商いの成功を願って恵比寿様を信仰し、店先に祀って、熱心に恵比寿講を行いました。
江戸時代、旧暦10月20日に行われる恵比寿講の前日に、江戸日本橋の大伝馬町一帯では市が開かれました。その際、恵比寿講で使う恵比寿像、神棚などの道具や、お供えの鯛や野菜と共に、江戸近郊の農家が浅漬けの大根を売り出したのが、べったら漬けのはじまりとされます。
麹のほのかな香りが道いっぱいに広がる中、人々で賑わう風景が今も目に浮かぶようです。
その名前の由来は、べったら漬けの表面が甘い米麹で覆われており、触るとベタベタしていることから。当時、屋台の売り子が「ほら、べったらべったら!」と、お客に威勢よく声をかけながら売ったそうです。
幕末の風俗をまとめた『守貞謾稿(もりさだまんこう)』によれば、その頃の市では、大根の糠漬けと麹漬け(べったら漬け)が売られており、麹漬けのほうが人気だったそう。
恵比寿講の季節はちょうど早生の大根が出回り始めるころ。この時季しか味わえない魅力的なべったら漬けを、一足早く味わいたい江戸っ子たちは、我先にと買い求めたのかもしれません。
この恵比寿講の市、古くは「くされ市」と呼ばれていましたが、次第にべったら漬けが評判となり、明治の半ばには「べったら市」の名で呼ばれるようになりました。
さて、江戸時代後半に記された『東都歳事記』には、当時の恵比寿講の様子が描かれています。建物の1階は商売をする家の店先の風景で、大きな恵比寿像に鏡餅や鯛をお供えしており、多くの人が詰めかけています。2階には料亭の座敷が描かれており、巨大な盃を飲み干す男性などが見え、賑やかな宴席が開かれています。
特に江戸の商人たちはこの恵比寿講の日を心待ちにしていました。日頃の商売繁盛や秋の収穫への感謝と、次の年の成功を願って、恵比寿神社にお参りに行くのです。そして、家族や仕事仲間、お得意様とともに、晴れやかな気分で酒席を楽しむ、節目の1日だったようです
こうした資料からは、江戸時代の人々にとって、恵比寿講が単なる信仰行事ではなく、交流や娯楽の場でもあったことが見えてきます。この時期には、友人や家族が集まり、食事や市に出かけて買い物を楽しむ姿が見られ、江戸の町全体が祭りのワクワクした雰囲気に包まれていたのでしょう。
秋の風情と江戸時代の豊かな文化を感じながら、歴史ある下町の雰囲気に浸りつつ、べったら漬けの素朴な味わいを楽しむひととき。東京の秋の風物詩を体験しに、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。
清絢
食文化研究家
大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。
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