こんにちは、料理人の庄本彩美です。時折、春の気配を感じるようになりましたが、まだまだ寒い日もありそうです。今日は寒くなると食べたくなる「おでん」についてのお話です。
おでんのルーツをご存知でしょうか?それは、拍子木型に切った豆腐に竹串を打って焼いた「田楽(でんがく)」料理にあるそうだ。
田楽の元は、豊作などを願う踊りや舞から生まれた日本の伝統芸能で、この田楽の中に「高足」と呼ばれる、一本足の竹馬に乗って踊る芸がある。この舞の姿に豆腐の串焼きが似ていると、そこから「田楽」料理が生まれ、「でんがく」に「お」をつけ「がく」を省略として「おでん」と呼んだそう。
しかし、おでんが誕生した当初の江戸時代に流行っていたのは様々な食材を昆布だしで温め、甘味噌をつけて食べる「焼き田楽」だった。やがて汁気たっぷりの「煮込み田楽」が誕生し、これが今のおでんの原型といわれている。
「好きなおでんの具は?」と聞かれると、王道の大根や卵だと私は答えるのだが、おでんが大好きかといえば、1年に一度食べれば満足してしまう程度のものであった。そんな私の「おでん熱」を沸かしたのは、あるお店との出会いだった。
それは大阪では有名な「花くじら」というおでん屋だ。
大通りから路地に入ると、その店の前にはズラーっと行列ができていた。とても寒い日だったのに、おでんを求めて並ぶ人たちがいることに驚いた。田舎から出てきた世間知らずの私には、おでんだけで成り立つお店があることを知らず、かなりの衝撃だった。
寒空の中やっと順番が来て暖簾をくぐると、おでんの出汁の匂いと店員さんたちの熱気に包まれた空間に、メガネのレンズがブワッと曇った。店内の暖かさにフッと心が緩みつつ、これからカウンター越しに繰り広げられる世界にワクワクしたのを覚えている。
定番の大根や練り物を頼む私に、友人がおすすめしてきたのが「ねぎ袋」という具材だった。
見た目は餅巾着だが、楊枝で留められたお揚げの中には刻んだねぎと生姜が、ぎゅっと詰められていた。頬張ると、様々な具材の味が溶け合った出汁がお揚げからジュワッと溢れ出した。なんとまあ、柔らかなねぎと、アクセントの効いた生姜の歯触りのいいこと!こんなに生姜が入っていても、おでんの出汁を邪魔する訳でもなく、大変まとまりのあるおでん出汁に仕上がっていて、その美味しさにとろけてしまいそうだった。
他にもチーズが入ったロールキャベツや、さっと出汁に潜らせただけのかいわれ大根や水菜もいただいた。同じ出汁に浸かっているのに、とにかく食べていて飽きない。
私がおでんにあまり興味がなかった理由は、おでんを煮込みすぎて味や食感のメリハリをつけて作っていなかったからだと知ったのだった。
今ではぐっと寒い日が来ると、私は花くじらでのことを思い出し、おでんを作るようになってしまった。
また、おでんは地域色が非常に豊かで、地域の名産を使った、ご当地ならではのおでんが全国各地にあるという。
先日、金沢に行ったのだが、帰ってきてから「金沢おでん」なるものの存在を知り、大変後悔した。金沢は全国でも指折りのおでんの街であり、年中食べられているという。加賀野菜をはじめ、名産品の車麩や新鮮な海鮮が具材にあるそう。その土地の食材をおでん一つでまるっといただけるとは、なんと贅沢なんだろう…!
中でも「カニ面(カニヅラ)」という具材がそそられる。ズワイガニのメスである香箱ガニの甲羅の部分に、カニ身や内子・外子を詰めたものだ。お値段は時価によるそうで、金沢でも家庭では出ることはないらしい。冬の2か月間だけ食べられるそうで、次こそはこのために金沢へ行こうと目論んでいる。
このようにおでんは様々な具材を受け入れて、出汁や煮込み方においても様々なバリエーションを楽しめる。さらに家庭から、時には高級日本料理店でも親しまれる多彩な顔をおでんは持っているのだ。その包容力と自由さが、各地で長く愛されている理由なのかもしれない。
ちなみに、言葉の一部に「お」をつけて呼ぶことを「女房言葉」というそうだ。かつて室町時代に宮中(皇居)に住んだ女官たちによって作り出された隠語で、上品さや優しさ、親しみを含む言葉でもある。
「おでんがく」が「おでん」。なんとも可愛らしい言葉に聞こえてくる。やっぱり私は、「おでん」にお熱のようらしい。
庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
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