寒四郎とは、寒の入りから四日目のことをいいます。小寒の初日を「寒太郎」と呼ぶのに対し、少し日が進んだこの日には、四郎の名が与えられました。
日毎に厳しさを増す寒さを、太郎や四郎と名づけて呼ぶところに、どんな天候も素直に受け入れ、親しんできた昔の人々の自然観が感じられます。
寒四郎は、ただ寒さを表わす日ではありませんでした。この日の天候によって、その年の麦の出来を占ったのです。晴れれば、豊作。雨や雪なら凶作とされていました。
秋に蒔いた麦はすでに芽を出し、地を這うように緑の葉を広げています。背丈は伸びませんが、地中にしっかりと根を張り、力を蓄えていく頃です。この時期に麦を踏んで根を太くしておくと分けつが進み、収穫量が増えることから、「麦踏み」の風習も生まれました。
冬は、そんな麦を静かに見守る時期でもあります。麦畑の青葉を見ながら、人々は空を仰ぎ、その日の天気に託して、見えない未来を描いてきたのでしょう。
豊作を占う日はほかにもあり、「彼岸太郎(ひがんたろう)、八専次郎(はっせんじろう)、土用三郎(どようさぶろう)、寒四郎(かんしろう)」という言葉が伝えられています。
彼岸の一日目、八専の二日目、土用の三日目、そして小寒の四日目です。八専は十干十二支の五行が重なる八日間のことで、年によって変わりますが、年に六回あります。いずれも晴れると豊作、雨なら不作とされていました。
ところで、暦の語源は「日読み」です。科学的根拠はなくとも、なにかしら節目を設けては先を予測し、答え合わせをする。そこには、経験値を重ねてきた先人たちの知恵が感じられます。
そして、寒の入りから九日目の「寒九(かんく)の雨」は、豊作のしるしとされてきました。「寒九の水」は、川の水が一年でもっとも清らかになるともいわれ、お酒やお味噌の寒仕込み、寒造りに使われてきました。天から降る雨にも、どこか聖水のようなイメージが重ねられていたのでしょう。
人の手仕事も、自然のリズムの中に置かれていました。寒晒しの大根、寒天、干し芋、高野豆腐などの乾物もまた、寒ければ寒いほど味がよくなります。野菜や牛乳も甘みを増し、寒卵は栄養価の高い卵になります。
晴れも大事ですが、雨も実りには欠かせない条件です。
古い仏教の言葉に、「日月清明(にちがつしょうみょう)」と短く要約される祈りがあります。月と太陽が清らかに明るく、季節が順当にめぐり、時を得た雨と風があり、災いも疫も起こらず、人々が安らかに暮らせる世を願う言葉です。
晴れる日も、雨の日も、不足なく順当にめぐること。その調和の中にこそ実りがあることを昔の人はよく知っていました。
実際、自然界の乱れは年の初めから兆しを見せることがあります。風の向き、雨の降り方、いつもと少し違う気配。暦は、そうした小さな変化に目を向けるための道しるべでもあります。小さなずれは次の季節へと持ち越され、降るべきときに降らなかった雨が、後に豪雨となって降ることもあります。
寒さも順当にあってこそ、春がやってきます。
「寒四郎」はぐっと寒さが増して、「寒の入り」を実感する頃。「小寒」から「大寒」への移ろいは穏やかに感じられますが、「小寒」の始めはまだ身体が慣れず、寒さを強く感じやすいものです。くれぐれもご用心、な「寒四郎」です。
文責・高月美樹

