染織家の吉岡更紗です。私は、京都で200年以上続く染屋「染司よしおか」の六代目で、いにしえから伝わる技法で、植物を中心とした自然界に存在するもので染色をしています。世界中でも類をみないほど数が多いといわれている、豊かな美しい日本の色。その中から、今月は「生成色(きなりいろ)」についてご紹介いたします。
生成色とは、その字のあらわす通り、自然のままの生地や糸の色のことです。現代では、色鮮やかな色に染まる布は、元は限りなく白いものであると認識されていると思います。白はどのような色にも染まるところから、清らかな、穢れのないものという意味にも使われていて、日本でも古代の神々に捧げる浄(きよ)らかなものという意味をもっていました。しかし、この白は自然の恵みと人間の工夫によって生み出されたものなのです。
例えば絹糸も現代の感覚であれば、白い糸を思い浮かべますが、元来の野生の蚕(かいこ)が吐く糸は、緑や薄茶色をしていました。家蚕(かさん)といって人間の手によって飼育されるようになってから、白い糸を吐くものを集めて交配、改良されていったのだそうです。
また、麻や芭蕉布など植物性の繊維は、自身の体を守るために、表皮の近くにタンニン酸を沢山留めています。特に畑で風に吹かれて、葉と葉、茎と茎が擦れ合って傷ついたところには、より多くのタンニン酸が集まって濃い茶色になっています。その繊維を割いてつなげられた繊維は、いわゆる生成色をしているのです。
その後、木灰にお湯を注いで数日置き、その上澄み液である灰汁(あく)をとり、その中で糸を精練することによって、白さを得ていました。さらに、織られた生地を水で洗った後で川原や土手などの広い場所に並べて太陽の光を十分にあてて、紫外線にあてることによって漂白していたのです。
『万葉集』巻十四に、「多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだかなしき」という一首がのこされていますが、これは奈良時代に、東京の西に流れる多摩川付近で租税として納める麻布を漂白する、つまり晒(さら)している情景を見事に表している詩です。その付近には、調布、麻布、砧(布を木槌でたたくことによって柔らかくする道具)など麻にまつわる地名が多く残っています。
沖縄では静かな海面すれすれに布を張り、太陽の光が海水の反射によって強くなることを利用して海晒しをします。新潟県では、降り積もった雪の上に布を広げて、雪の反射を利用して雪晒しを、奈良県では茶畑を覆うように布を広げて、緑葉の照り返しを受けて晒す、ということをしていました。
生成色は、植物の持つタンニンの持つ色で、それはそれで大変美しいものなのですが、人はそれを晒すことによって清浄なる白を求め、さらにそれを染めることによって美しい色を求めようとしていたのです。
吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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