染織家の吉岡更紗です。私は、京都で200年以上続く染屋「染司よしおか」の六代目で、いにしえから伝わる技法で、植物を中心とした自然界に存在するもので染色をしています。
世界中で類をみないほど数多い、豊かな美しい日本の色。その中から今月は「空五倍子色(うつぶしいろ)」についてご紹介いたします。
実りの秋となり、様々な果物や栗などが美味しい季節となりました。染司よしおかの庭に植えられた安柘榴(ざくろ)が大きく成っています。熟して落下したらそれを広い、実を取り除いて川の部分だけ乾燥させて、染料として使うことができます。
染司よしおかには何人か職人がいるのですが、最古参の福田さんが、「五倍子の実が出来ているのを見つけてきた」。とその実を少し採って持ってきてくれました。その実は少し青みがかかっていて、瘤があるのが特徴的です。
「五倍子」とは、白膠木(ぬるで)というウルシ科の木にできる瘤(こぶ)です。この木の枝に、アブラムシ科のヌルデミミフシなどの虫の雌が卵を産み付けると、そこに一万匹程の幼虫が孵化し、樹液を吸って成長します。その刺激で瘤が出来、それが次第に大きくなり袋状になります。瘤が五倍にも膨らむということで、それを五倍子と呼ぶのだそうです。
木そのものが傷つけられるため、そこに細菌が入らないように、袋状となった瘤は沢山のタンニン酸を蓄えます。孵化した幼虫は、十月になると瘤に穴をあけて飛び出すのですが、その前に収穫すると多くのタンニンが含まれていて、それが染料のもととなります。
このタンニンを利用して植物繊維を染まりやすいようにする下染めや、皮のなめしなどにも使われていました。いずれ空になる付子、つまり瘤から生まれる色だからでしょうか、五倍子で染められた色を空五倍子と名付けられました。
実や瘤に含まれたタンニンは茶系の色を持っていますが、鉄分で発色すると色が鈍り、黒系統の色になります。江戸時代に書かれた『安斎随筆』に「ウツブシ色 是も凶服の色足ニビ色なり。これは五倍子に少し鉄漿加へて染れば薄黒くなるなり」と記されていて、喪中の時に着る色として、五倍子に含まれたタンニンが鉄分で発色されて黒く染めることが分かります。
鉄漿(かね)は、錆びた鉄くずなどをお粥の中にいれて酸化発酵させたものですが、そうすることによって鉄分が溶けだした水溶液となるのです。「おはぐろ」とも読み、その名の通り、古来女性の成人のしるしとして歯を黒くするお歯黒に、五倍子と、鉄漿が使われていました。まず五倍子を粉にしたものを楊枝につけて歯に塗り、そのあと鉄漿を塗ると黒くなるのです。
虫が寄生することによって、色素をもついわゆるカイガラムシは、五倍子以外にもいくつか存在しますが、古に暮らす人々は、様々なものから染料として、色を生み出していたのだなと感心します。
吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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