朱色、紅、古代紫、葡萄色、縹色、萌黄色、女郎花色…日本には沢山の美しい色の名前があります。立春を迎え、春の訪れが待ち遠しい2月。今回は「蓬色(よもぎいろ)」についてご紹介いたします。
蓬は、冬の気配がまだまだ残る浅春の野に、いち早く淡い緑色の葉を見せるキク科の多年草です。その語源には諸説あり、「善萌(よもき)草」=春によく萌えるから、または「四方草(よもぎ)」=よく繁殖して四方に広がるから、更には「善燃草(よもぎ)」=葉裏の毛を集めてお灸に使うとよく燃えるから、などと言われています。
蓬は、春の訪れを告げる植物であると共に、その香りの高さから、魔除けや邪気を払う神秘的な力を持つと考えられてきました。例えば蓬の葉で蓬餅を作ったり、ひな祭りの時につくる菱餅の一番下、緑の部分には蓬が使われているのですが、それを食することで、厄除けや無病息災を祈ったとされています。また、浄血、増血作用があったり、入浴剤として用いるとリラックス効果と共に体を温めて血行をよくしたり、と蓬は大変万能なイメージがあります。春先に芽吹き、5月頃までは柔らかい葉が採れるので、5月5日の端午の節句に菖蒲の葉と蓬を重ねて軒先にかざり邪気を払うという風習も遺されています。
この蓬の葉色をあらわすには、藍染に刈安の黄色を染め重ねて、少し黄色を効かせた緑に染めています。
『栄花物語』に、「中宮女房の装束は、ただいとうるわしく、ことさらに菖蒲の衣をみな打ちて、撫子の織物の表着(うわぎ)、よもぎの唐衣、楝(おうち)の裳(も)なり。」と描かれています。この場面は端午の節句の時期だそうで、当時蓬のかさねは旧暦の5月頃に着るのがよいとされていたことがわかります。
蓬の葉は裏が白い裏白ですので、表の色をあらわす濃い緑に白をかさねていました。3月に芽吹いた柔らかい蓬を食して体を養生し、葉の色が濃くなるころに、その色を纏っていたのでしょう。
同じく平安時代に描かれた『源氏物語』には「蓬生(よもぎう)」という帖があります。
恋愛関係となった光源氏が、都を離れることになり、更に生活が困窮していた常陸宮の姫君、末摘花(すえつむはな)。光源氏が、須磨、明石からようやく都に戻った頃、その住処は手入れなどが行き届かず、木が茂り荒れ果てたたたずまいとなっていました。生い茂る蓬の露を払い、光源氏はようやく末摘花と再会を果たすのです。
生活が厳しい末摘花が、たとえば蓬のかさねを着ていたというような、装いについての描写はここには書かれていません。また、蓬生では、蓬の美しさや薬効ではなく、さびれてしまった住まいに蓬が茂る様子が、かえって彼女の源氏への頑なな気持ちを醸し出すように描かれています。光源氏は「たづねてもわれこそとはめ道もなく 深き蓬のもとの心を」(みずから訪ねていって問おう、深い蓬にうもれていたあなたの深いこころを)と詠み、末摘花の一途な心に感動するのです。
吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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